1-212012年総選挙、自民でも民主でもない地方分権派勝利の夢1.政権交代論

2012年総選挙、自民でも民主でもない地方分権派勝利の夢

2012年は、第46回総選挙における自民党の復権、民主党の大惨敗で終わったが、実は日本政治の一大分岐点であった。その機会が生かされることなく、2大政党制を通り過ぎて、1党優位制にまで逆行してしまったのである。その機会とは、民主党の第3党への転落により、自民党のライバルが別の政党に交代するというのにとどまるものではなかった。中央集権か地方分権かという、日本の将来を大きく左右する対立軸が示される可能性があったのだ。

確かに共産党、国民新党以外のどの政党も、地方分権は唱えていた(たちあがれ日本は曖昧であった)。しかし地方への権限、税源の移譲に消極的な既得権益の擁護者(もちろん官僚も含まれる)の声に押される自民党の政権下、その本格的な断行は、期待のできるものではなかった。小泉内閣期には、地方交付税交付金の削減とセットの、つまり予算を切られるという面の方が目立つ分権(税源の移譲)が進められた。民主党政権下でも多少は進んだが、まだまだ不十分である。

それがなぜ、2012年に可能性があったのかというと、みんなの党や日本維新の会という、躍進が期待された人気政党が熱心に主張していたから、というだけではない。当時の民主、自民、公明3党以外の政党、会派と、その要人の選挙区等を見て欲しい。

・みんなの党:北関東の栃木県の有力政治家渡辺喜美が党首であり、南関東の神奈川県で支持を得ていた江田憲司、浅尾慶一郎が、渡辺に次ぐ党の要人であった。

・日本維新の会:大阪府で支持を広げていた橋下大阪市長、大阪維新の会が結成した。

・国民の生活が第一:東北地方の岩手県で強い影響力を持っていた小沢一郎が中心であった。小沢のTPP反対は、(当時は自民党も反対ではあったが、)東北地方全体で支持を得る可能性があった(実際、後に自民党政権のTPP参加に反対した民進党が支持を広げた)。

・新党大地:北海道が地盤であった。

・減税日本:名古屋市が地盤であり、大村愛知県知事、知事の日本一愛知の会と協力関係にあった。

・たちあがれ日本:中国地方の岡山県に選挙区がある有力政治家、平沼赳夫が党首であった。また現役の東京都知事であり、なお一定の支持を得ていた石原慎太郎が、正式には参加しなかったが、発起人の1人であった。

・国民新党:離党に追い込まれたが、2012年4月まで党首であった亀井静香は広島県に選挙区がある、やはり中国地方の有力議員であった。亀井は、共に自民党を離党するまでは、平沼と盟友であった。

・新党日本:かつて長野県知事であった、田中康夫の政党であった。

・沖縄社会大衆党:沖縄県の地域政党であった。他に社民党も沖縄で党勢を比較的良く維持していた。

 

九州、四国を除く各地方の有力な政治家、勢力が、第3党以下にひしめいていたことが分かる(四国では、橋本大二郎がかつて高知県知事として人気を博していたが、新党の結成には挫折していた)。

これらの勢力、舛添要一らの新党改革が、地方分権を掲げた新党を結成するか、政党連合を形成して、自公民3党との間の対立を鮮明にしていたとしたら、大きく躍進することができたであろう。

民主党と自民党が圧倒的な第1、2党で、公明党が組織票において第3党以下の中で群を抜いていても、自民党の支持率が高い今と違って、それら全てに失望していた有権者は多かった(3党の支持率の合計はかなり高かったが、それは状況次第で変わっていただろう)。そしてこの3党は、税と社会保障の一体改革について合意したから、たちあがれ日本以外がこれに反対であった第4党以下(自公民3党以外)の勢力が有権者を引き付けることは、十分に可能であった。

第3極連合といっても、例えば都市部と農村部では、求められる政策は異なる。日本維新の会、みんなの党、部分的には減税日本と新党改革も新自由主義的であったのに対し、他は大きな政府を志向していたといえる。しかし、それぞれに有力な党首等がおり、彼らが話し合えば、比較的豊かな地域とそうでない地域の間の一定の格差是正を前提として、地方分権などを共通政策とすることは可能であったと思う。積極財政であろうと消極財政であろうと、無責任なものでなければ、その地域の責任で、地域にあったやり方でやれば良いのだ。自公民3党はポーズだけで、道州制の実現にあまり積極的ではなかったから、これは重要な対立軸となり得た。

仮に第3極連合が政権を取っていた場合、さらなる再編、連立の組み換え等は起こっていたと考えられる。不安定な状況が続くことになっていたかも知れない。しかしそれこそが日本に必要なことなのである。単に優位政党が他党を切り崩して吸収するか連立相手とし、野党第1党を中心に、他の非優位政党が結集するというだけでは、あまりにも進歩がない。冷戦終結後、そのような再編を日本が繰り返してきたことが、日本の政党制、政党の配置を、より非合理的なものにしたということに、目をつぶるべきではない。