1-25結局協力するならケンカをするな1.政権交代論

繰り返しが示すもの

上で見た無駄な繰り返しは、重要な教訓を与えてくれている。まずは何と言っても、政治家が長期的な視野に立ち、様々な展開を想定することが重要だということである。主導権、あるいは特定の政策を巡って対立をしても、共に進んでいくしかないのだとしたら、協力して答えを導き出すしかないのだ。自らがしたいことよりも、国民から求められ、期待されていることに、現実的な視点も失わず、取り組んでいくしかない。

最悪の事態は、政策的な妥協ではなく、決裂だということを歴史が教えてくれていることを、常に念頭に置いておくべきだ。だから、共に有権者の声を聴くような、集会を開催するのも良いと思うのだ。

次に、一度決裂した勢力同士は、いっそのこと、二度と協力しないことである。これまで述べてきたことと正反対だと思われるかも知れないだが、要は過ちの繰り返しから脱するために、どちらかを選択するということである。二度と協力しないというのは、差異を重視することである。一党優位を終わらせるにはとても遠回りになるが、両院とも小選挙区制を含む選挙制度である現在(参院では1人区が増えてきている)、長い時間をかければ、野党同士の対立にも決着がつき、自民党に対する真の挑戦者が決まるだろうと、期待するということである(それがなかなか実現しないからと、また別に新党が現れるようでは目も当てられないが)。政策を軽視しなくて済むというメリットがありそうだが、自民党内にも、もともと様々な意見があって、臨機応変に決断するのだから、野党ばかりが潔癖になり、険しい道を歩くことになるという、デメリットもある。時間をかけているうちに、取り返しがつかなくなるということもあり得る(自民党1強の弊害については次に述べる)。自民党を政策論争に巻き込んで割るなどということには、期待するべきではない。それこそ、自民党の離党者を野党陣営に迎えて何とかしようという状況の、繰り返しである。

どちらをえらぶべきなのか、決めるのは野党の議員達なのだから、民進党の大分裂を良い機会として、これについてもとことん、その後の参考となるような議論をしてもらいたい。