1-33民進党の分裂に就いて1.政権交代論

維新の会はどこへ行けばいいのか

日本維新の会についても述べなければならない。同党には、以下の4つの道があると考えられる。

①各地の地域政党の連合体を形成する。

②新自由主義的な、反既得権益の第3極の再興を図る。

③民進党系の再統一に参加する。

④自民党に合流する。

 

もちろん、「今のまま」という選択もあるが、それならばわざわざ述べる必要もないし、国政にとっては無駄な存在だと言うしかない。今のまま、単独で党勢の拡大を図るというのは、上の中では②に当てはまるが、単独で展望は開けないと思う。よって②は、ある程度の再編を経るものだと考える。

まず①(各地の地域政党の連合体を形成する)だが、これは「2012年総選挙、自民でも民主でもない地方分権派勝利の夢」で述べたように、これからの日本の形をめぐる、新しい対立軸を浮上させる。しかし2012年と違うのは、小なりとはいえ国政政党群、すでに大物の議員達が中心の連合ではなく、いわば下からの連合であることだ。より素晴らしいという面もあるが、力不足が問題となるし、だれがまとめるのか、という問題が出てくる。日本維新の会、大阪維新の会が中心になると、対等な連合という面は小さくなる、かといって、地域ごとに異なる問題も抱える地域政党群の、真に対等な連合というのも難しい。挑戦するなら時間をかけて、維新が仕切ることはなるべく避け、一つ一つ丁寧に、関係を築く必要があると思う。そう考えるとやはり、地域政党のブームも過ぎた感があるし、機を逸してしまったようにも思えてしまう(ブームではない、地に足をつけた動きができるということも言えるが、それでは、さらに長い時間がかかってしまう)。

次に②(新自由主義的な第3極の再興を図る)だ。①より可能性があるように思われるが、そうでもない。繰り返しとなるが、再起を図るには、類似の勢力の合流が欠かせない。そうでなければ、橋下徹が帰ってくることでもない限り、やはり力不足だ。連携の相手は、希望の党、民進党を離党した細野豪志ら、国民民主党内の右寄りの議員達であろう(自民党を切り崩すことは、まず無理だろう)。まず新しい希望の党だが、これは両院合わせて5名と少ない上に、うち3名が日本維新の会(2012年結成)を脱した議員達による、次世代の党にいた(ただし松沢成文はみんなの党から移ったのであり、日本維新の会の離党者ではない)。また、日本会議のメンバーでもある。つまりかなり右であり、合流する場合、一度分かれた議員たちとまたくっつくということにもなる。得るものよりも、失うものが多そうだ(自民党よりも右の政党が存在するのは、それはそれで良い―自民党の票を削ればなお良い―が、維新を中心とした勢力は、改革を支持する有権者の、多くの支持を得なければならない)。

人数の上で重要なのは、民進党系である。かつての日本維新の会、その後継の維新の党は、民主党右派の前原誠司らとの再編を目指していた。しかし希望の党への民進党の合流騒動で、それ以前の民進党離党者、合流組は今、国民に全く支持されていない。国民の、立憲民主党への期待がしぼまない限り、彼らが評価されることはなさそうだ。だから彼らと合流することでは、かつての第3極のエネルギーが復活することはないだろう。維新自体が小さく、第2党としては最小規模だと言える立憲民主党を上回る規模になることすら、以前よりも難しい状況だ(「以前」とは、それぞれの前身の時代を含む)。この再編についても、機を逸したと言わざるを得ない。希望の党の結成時が、最後のチャンスであったように思われる。その時に希望の党に積極的に関わり、東京-名古屋(既成政党に気を遣って尻込みをする大村愛知県知事が無理であるなら、河村名古屋市長に絞れば良かった)-大阪の大都市連合で、まず都市の有権者の期待に応えていれば、一気に政権獲得とはいかなくても、日本の政治が変わりはじめていたのではないだろうか。維新の動き次第では、排除発言による失速も、回避できたと考えられる(左派を排除することについては、もっと説明があっても良かった。日本維新の会の松井代表が、そうすることの必要性を訴えていたならば、流れは変わっていたように思われる)。

問題は、都市部における支持を、志向の異なる他の地域にも広げられるか、ということである。小沢が代表となる前の民主党も、都市部で健闘していたものの、保守的な農村部への浸透は、不十分であった。都市部では風頼みの選挙戦になりがちであり、郵政解散の時の民主党は、強かったはずの都市部で壊滅的な敗北を喫した。都市部と農村部の双方を納得させる路線、それぞれに対応する政策も重要なのだが、そもそも、都市部ばかりであまり盛り上がると、地方は置いてけぼりを食ったような気持ちになってしまう。

この、②については、橋下徹の政界復帰の有無に、成否が特に左右されそうだ。しかし一人の人気に頼れば、体力をつけることができず、一過性のブームに、下手をすれば希望の党の二の舞になりかねない。それでは、立憲民主党との野党競合で、自民党をまた利するだけに終わってしまう。橋下の復帰を当てにせずに取り組むだけの、気概は当然必要だ。

③(民進党系の再統一に参加する)については、すでに述べた。日本維新の会が自らこの選択肢を選ぶことはないだろう。それでも筆者は、②よりは③の方が良いと思う。その理由は、民進党系(左派)と維新の会のつぶし合いを懸念するからである。また、保守2大政党制に否定的だからである。

ついでに述べれば、既存の権力に挑む政党がポピュリズム政党の面を持つことは仕方がない。いそがしい有権者にも、危機感を持ってもらい、共感してもらわなければならないからだ。しかしドイツのナチスなどの例を思い出すまでもなく、そのような政党が、右翼的な、あるいは国家主義的な勢力と結びつくことは危険だ。だから日本維新の会が、たちあがれ日本の系譜と別れたことは良かった。たちあがれ日本の系譜は次世代の党を結成し、その流れを汲む日本のこころは、2018年中に自民党に合流しそうだ。自民党の中の、憲法改正で日本を国家主義の国にしようとするような勢力と、日本維新の会の一体化も危険だと思う(もっともこの頃では、もはや大阪の利益、自らの与党志向のため、時の与党に寄っているだけのように見えるが)。

もし、保守2大政党制になれば、野党第1党は、民主党→民進党が得ていたような、そして今、立憲民主党が得ているような、左派的な有権者の票の一部~多くを失う。その代わり、仕方なく自民党に投じられている保守票を得る可能性がある。しかし、自民党に投じられている保守票の多くは、ブームを起こすことに成功しない限り、切り崩せない(政権交代を実現させた民主党の場合は、自民党が国民からついに見放されたと言える状況にあり、かつ自民党の有力者であった小沢民主党代表が、自民党の支持基盤を切り崩し、取り込んでいった)。ブームを起こすことは、そう容易ではない上に、不健全な面もある。地に足をつけた政策論争が軽視されるからだ。そもそもブームは、長続きしない。

1党優位の歴史が長い日本では、2大政党制に近くなっても、A(自民党)かBかの選択というよりも、現状維持(自民党)か、「あえて変える」かの選択、という面が大きい。現状がよほど悪くならない限り(その時には手遅れだということもあり得るが)、または自民党が有権者の尋常でないほどの反発を買わない限り、事実上、政権選択の選挙にはならない。たとえ保守2大政党制であっても、第2保守党に政権運営の経験が十分になければ、小なりとはいえ左派政党とも競合する中、やはり政権交代は難しいだろう。ましてや、AかBかCか、という政権選択はあり得ない。総選挙の時には、現状維持で自民党か、大きなリスクがあると覚悟してその他か、という選択にしかならないのである。よって今第1党である、立憲民主党を中心とした野党再編しか、政権交代のあり得る状況に近づくには、道がないに近いわけである。もちろん、何十年も政権交代を先延ばしにして、腰を据えて低い可能性にかけるというのなら、①と②に取り組むことはできるのだが、その間、1党優位制が続くことの弊害は小さくはない(「恐ろしい1党優位制、つまり自民党1強の弊害」参照)。別の新党ブームが起こり、1党多弱化が進むかも知れない。維新がミニ政党に転落するかもしれない。あまりに不確かで、リスクの高い道である。

筆者が良いと考えるのは、④(自民党に合流する)である。日本維新の会は改革派の保守政党だ(もしそうでないのなら、③を勧めたい)。政策重視の性格がかなり強いし、現状では大政党に結びついて、それを実現させるしかない。保守政党対社会民主主義政党の枠組みでは、保守政党に近いのだから、政権交代のある政治の実現は他の野党に任せて、自民党を改革路線に引っ張る存在となれば良い。もしも改革に対する熱意が薄れているのなら、それこそいずれ、自民党に吸収されるだろう。

④は他の、大きくない政党の場合は、良し悪しは別として、最も現実的な選択だと言える。しかし、日本維新の会は大阪府に選挙区がある議員が多く、小選挙区当選者は少ない。同党が大幅に譲歩してもなお、候補者調整は難航するだろう。そもそも、大阪の自民党とは長年対立してきた、遺恨がある。日本維新の会と近い安倍らが自民党を動かしている間はまだ良いが、そうでなくなれば、合流は難しいのげ現実だろう。しかし、自民党が順境にない時には、維新の会との合流は、流れや党の印象を変える良い機会になる。だから合流は、非現実的だとまでは言えない。

合流後、日本維新の会系は自民党の一部として、新自由主義路線、既得権益の打破を目指すのである。自民党内で少数派になる可能性は高いが、自民党が支持を失った時、脚光を浴びることもあるかも知れない。筆者がこれを支持するのは、自民党型のばらまきはすでに限界を迎えていいると考えるからだ。新自由主義的な保守政党と、社会民主主義的な左派政党が対峙する基本を経験するために、自民党は完全な新自由主義ではなくても、小泉路線から、大きくは逸脱して欲しくないと考えている。自民党を変えられなかった時は離党すればよい。この選択肢の一番のリスクは、維新系がまとまりを維持できず、個々で自民党に溶け込んでしまうことだ。その可能性は低くはないが、大阪維新系というまとまりは、そんなにもろくはなうだろうし、さすがに自民党を離党する時には崩れるかも知れないが、筋を通して離党したという印象を国民に与えれば、十分に再起はできると思う。

今のまま自民党と連立したところで(それすら、特に安倍後は出来ない可能性があるが)、今までの連立相手と同様に、利用され尽くすだけである。筆者は、悪に入って悪を正すというような論法を否定したが、組織的にそれを行うこと、特に、ここまで踏ん張ってきた維新がそれを目指すことについては、少し違う見方になる。自民党と日本維新の会が1つになったところで、よほど大きな成果を挙げなければ、民進党系などに、今よりもさらに、大きく不利になるということもないと思っている。大きな成果を上げるなら、政権交代がさらに起こりにくくなるという点では危険だが、与野党の理念の違いは明確になっているはずなので、機会は訪れるだろう。