1.政権交代論

ニュージーランド

当初は自由党と保守派(過半数を上回る議席を基盤とする自由党政権が約21年続いたので、その末期、保守派が改革党という政党を結成するに至った)が対峙していた。1912年、改革党への政権交代が実現した。その間、自由党から進歩派が離党し、新自由党、独立労働リーグが誕生、前者は短期間で解党したが、後者は1910年に労働党、1912年に統一労働党、1916年に労働党へと、発展していった。改革党は過半数を超えるのに苦労し、1922年には、ついに改革党37、自由党22、労働党17、無所属4、計80と、鼎立状態に近くなった。それでも政権は維持され、1925年の総選挙では改革党が過半数を大きく上回った。1927年、自由党系が統一党に刷新された。1928年の総選挙では改革党27,統一党27、労働党19,統一党(農本主義、社会信用論(イギリスの経済学者が唱えた、ベーシックインカムなどを含むもの)の地方党11、無所属、無所属6、計80となり、改革党は、改革党系無所属の1名を含めて、ギリギリ第1党の地位と政権を維持した。1931年の総選挙では、改革党28、労働党24、統一党(改革党と連立を組んでいた)19、地方党1、無所属8、計80と、初めて第3党が第2党になった。1935年には、労働党が過半数を大きく上回る53議席を得て、かつての2大政党は、合わせて19(改革党9、統一党7、系列の無所属3)と、大敗した(他は地方党2、Ratana―原住民のマオリ族へのキリスト教布教を旨とする運動―2、他の無所属4で合計80。このため改革党と統一党は翌年合流し、国民党を結成した。労働党内閣は1949年まで続いたが、戦後は国民党内閣の期間の方が長い。ともかくニュージーランドは、国民党と労働党の2大政党制となった。小選挙区制であったこともあり、2大政党以外が議席を得られない状況が続いたが、1980年代に入ると、社会信用党がわずかに議席を得るようになった。しかし1980年代後半には、再び2大政党しか議席を得られないようになった。1990年に新労働党(労働党が右傾化していると批判して同党を離党した議員達が結成)が1議席を、1993年に新労働党等が結成したAllianceと反移民のニュージーランドファーストがそれぞれ2議席を得た。比例代表制が導入された1996年の総選挙では、国民党44、労働党37、ニュージランドファースト17、Alliance13、ACT New Zealand(新自由主義的な政党)8、United New Zealand(中道政党)1、計120となり、多党化が一気に進んだ。以後、第3党以外が閣外協力をする政権が続いた(労働党党と革新党の、国民党とニュージーランドファーストの連立も見られた)。1999年には緑の党が7議席を得た。2005年には先住民マオリ族の政党マオリが4議席を(後にそのさらに左の分派マナが1議席を得たことがあった)、統一ニュージーランド がキリスト教プロテスタント福音派の政党と合流して結成した統一未来ニュージーランドが8議席を得た。これらの政党が議席を得続けており、第1党は過半数を獲得できなくなっている。2017年の総選挙では、国民党56、労働党46、ニュージーランドファースト9、緑の党8、ACT New Zealand1、計120となり、労働党が第2党であるにもかかわらず、ニュージーランドファーストと連立を組み、緑の党の閣外協力を得て政権を奪った。