1.政権交代論

政権交代が起こる時

どのような時に政権交代が起こっているのかを見ると、主に以下の通りである。

 

・与党の過半数割れ(下記の事象により、総選挙で敗北するか、与党の一部が離脱する場合。議院内閣制でもそうでなくても、野党の消極的支持-その内閣の不成立、倒閣につながる行動を控える-を得ていて、内閣、大統領が、その成立、就任当初から、議会における過半数の基盤を持っていない場合もある。その消極的支持が不支持となることは、政権交代につながる)

 

・不景気(経済政策の失敗、実行不足、最善を尽くしても改善が見られないケースも)

・外交の失敗、敗戦

・汚職

・長期政権に対する有権者の飽き

・野党の新たな党首の魅力

・重要問題への有権者の反対(新たに浮上した場合、解決を迫られている場合、そうでなくても首相または大統領が熱心である場合。具体例としてはEUなどの国家連合への参加や離脱の是非、貿易政策―保護貿易か自由貿易か―、増税問題―積極財政か消極財政課という問題にもかかわる―、選挙制度改正など)

 

政権交代は、右の保守政党(かつての保守派か自由派、またはその連合体―複数の政党による保守ブロックの場合も―)と、左の社会民主主義政党(または左のブロック)の間で起こるのが一般的になっていった。普通選挙制になれば、使用者側と被用者側に議員が分かれるのが自然だからだ。中間層が豊かなものとして安定すると、双方の対立に飽き足らない有権者も増えてはいった。しかし自己責任を重視する考えは右、環境を重視する考えは左だと言えるように(保守に対する進歩に分類できるし、企業に環境対策を求めることなどもあり、環境政党が保守政党と組むことは、まずない)、既存の枠組みを崩壊させるには至っていない。ポピュリズム政党にも、民族主義的な右と、そうでない左がある。左右の分類、対立は、それだけ合理的なものなのだ。

左右の対立はしかし、国家の中を二分する激しいものとはならなかった。経済が基本的には成長し、分配する資源に困らなかったためだ(痛みの伴う取捨選択を、回避することが出来た)。右の主流は、格差を解消する社会民主主義的政策を取り入れ、左の主流は社会主義にこだわらず、資本主義を受け入れた(競争の上での格差縮小へのシフト)。日本の自民党はさらに、戦前からの経験の蓄積も生かした利益誘導政治を行い、特に農村部を、自民党依存にすることが出来た。

第2次世界大戦の反省に基づくものでもあるグローバル化が、冷戦後の競争の激化、技術革新によって一気に進んだ時、豊かであった国々は、すでに経済成長の鈍化に直面し、分配する資源をかなり制限される時代に入っていた。世界をリードしてきたアメリカや西欧の国々の労働者は、移民等に仕事を奪われることを、恐れるようになった(工場が人件費の安い国に移されるという問題もあった)。このような厳しい状況下、これ以上ポピュリズムが台頭すれば、左右の別を飲み込むような、大きな変化が起こることもあり得る。

分配が容易でなくなった時代、財政赤字を生みやすい、つまり増税につながりやすい政策が支持されず、不振に陥っていているケース(あるいはそうならないように右傾化して、逆に不振に陥っているケース)が多い左派政党に対する、既存の保守政党以外の挑戦者が台頭し、左派が無力化された政党制が普通になる可能性も、それなりにはある(その場合、弱者の声を右翼的なポピュリズムの、改革派政党が代弁することになるが、これがある程度穏健な、それなりに安心して政権を任せられるような、時代の変化に応じた「新たな左派」になるというのは、考えにくいだろう(多くのポピュリズム政党は、不安定に見える。これは経験を積むことで変わるのだろうか)。

今のところ、劇的な変化が起こるには至っていない。先進国で一番大きな変化を見せているのはフランスとイタリアだ。イタリアでは左のポピュリズム政党と言える新党が、左右の大政党を上回る議席を得るに至った(『他国の政党、政党史』イタリア冷戦後~現在参照)。フランスでは、右翼的ポピュリズム政党、既存の保守政党、新たな中道政党、既存の社会民主主義政党、左翼ポピュリズム政党の5極構造の中(ただし最も右の極と最も左の極は、選挙制度上、わずかな議席しか得られていない)。保守系と社会党側への2極化が一度進んだ上で、その双方の大統領候補が2位以上になれず、極右政党の党首ルペンと、かつてのイギリスのブレアの路線にも似たマクロン(社会民主主義政党―社会党―を脱して中道的な新党、共和国前進を結成)による第2回投票が行われ、マクロンが選ばれた。支持率の低下したマクロンがまた盛り返しても、あるいは国民に見捨てられても、どのような政党制になるのか(または現状維持か)は、まだ見通せない。しかしどうであれ、フランスの有権者はいくつもの選択肢の中から、自らが政治を託す政党を選び、その政党が政権を握る可能性を感じることができる、そんな歩みをしてきている。日本と似ている面が多かったイタリアも、冷戦終結後にそのように変化した。

グローバル化を受け入れるか、少なくとも容認している右派(中道右派)政党、左派(中道左派)政党対、これを拒む右翼的政党、左翼的政党という対立になれば、これまでの標準的な対立とは大きく変わる。しかしこれを本格的に経験している国はないのではないだろうか。左右の「常識的」な政党対、ポピュリズム政党ということであれば、政権を握った、経験なきポピュリズム政党は、一度は支持を失う可能性が高い。暴走することもなく支持者の期待に応えることは、難しいからだ。しかしその後はどうなるのだろうか。筆者には予想がつかない。敵をつくって支持を求める方法が、問題のある既得権益を消滅させる特効薬であるのか、国内を混乱させる副作用が大きすぎるのか、答えを出すには早すぎるだろうし、単純な答えを期待するわけにもいかないだろう。

  • 上で述べたものも含め、ポピュリズム政党躍進後のパターンを一応挙げておきたいと思う。それにより政権、そして野党がどのようなものになるのか、そしてさらにその先の展開について、いずれ考えてみたいと思う(今は、各国の政治史と現状を追うだけでも時間が足りない状況だ)。なお、これらのパターンは、マクロンの中道政党を無視しているが、既存の中道左派政党のところに当てはめて良いと考える(もちろん実際にはそうではなく、それにより社会党と、2つの既存の中道左派政党があるということになるが、簡単に整理する上ではとりあえず、他国の中道左派政党の右派がマクロンの共和国前進で、左派が社会党と捉えるしかない)。

①既成の2大政党(中道右派の保守政党と中道左派の社民系政党)対、ポピュリズム政党

※ポピュリズム政党は右翼的なものが多いが、左翼的な、一定の強さのポピュリズム政党がある場合、左右のポピュリズム政党の連合となる、あるいはならざるをえない場合もある。  実際にドイツでは、2大政党による大連立が常態化しつつある。

 

②2大政党の一方である中道右派政党(保守政党)+右翼ポピュリズム政党対、2大政党の一方である中道左派政党(社民系)+左翼ポピュリズム政党という新たな形で、しかし左右の対立は維持される。

 

③与党になったポピュリズム政党が支持を失い、結局以前の形に戻る。

 

④既存の2大政党の一方である左派政党(本来弱い人々の味方であるはずが、裕福な進歩的知識層の政党とみなされることで、ポピュリズム政党に最も票を削られている)が没落し、既存の2大政党の一方である保守政党対、他の諸政党という対立になる。

※その諸政党の中心を右翼的ポピュリズム死江藤が担う、あるいはさらに、保守政党対右翼的ポピュリズム政党という構図にもなり得る。また、弱体化した既存の左派政党の流れを含め、反富裕層連合のようなものができるということも考えられる(既存の政治、特に既得権益の問題、グローバル化の負の部分の責任を、保守の大政党が一心に背負う形になる)。

 

⑤ポピュリズム政党が失敗をせずに、あるいはしたとしても多くの人々の支持を得続けて長期的に政権の中心に留まる。この場合、ポピュリズム政党、その支持者の一部が新たな支配層となり、彼らを支持した多くの人々の代表では事実上なくなる可能性が高い(イタリアの五つ星運動では、所属議員は2期までしか務めないルールだが、どうであれ、いつまでも新鮮な素人というわけにもいかず、どうしてもそのような面は出てくる)。良き支配層になり、他の大政党と交互に政権を担うことになるか(①、④と重なる)、恐怖政治へ移行する可能性がある。実際には、アメリカ、中国といった超大国でもなければ、他国の政権と折り合う必要から、あまり強硬な姿勢は取れないと考えられる。

 

さて、日本では、自民党が「薄汚い」政党、社会党~民進党系が「無能な」政党として多くの有権者から軽蔑され、新党、第3極がもてはやされることが多々ある。しかし不思議なことに、それらはどれも成功していない。冷戦終結後は、自民党とは違う、改革派の保守を自認する政党が多く、それこそ国民が求めるものだと言われることも多いのだが、成功はしていない。自民党にも社会党の系譜にも改革派はおり、言っていることが同じだということも多々ある(多くは口だけだが・・・)。しかし本来第3極は、保守政党にも、社会民主主義政党にもうまく代表されていない少数派(職業、民族、宗教など様々)の人々、保守政党と社会民主主義政党が一致している政策について、反対の人々を代弁するものである。ただ改革派対非改革派というのでは分からない。具体的なテーマや、背景にある理想の国家像の相違が必要である。既得権益を享受する者と、それができない者の対立だと言っても、既得権益はどちらの側にも生まれ得るし、終わりがない対立に陥ってしまう。

具体的に何を変えるべきか、残すべきか、国民の間で議論が起これば、既成政党も賛否に分かれて有意義な議論を始めると思う。各党の内部が賛否に分かれるのも良い。1党優位の日本でも、そうなれば議論が盛り上がる。重要かつ普遍的なテーマであれば、政界再編へと進むのも良い。再編ばかり起こるのは問題だが、時代の変化に応じた再編は、他国の歴史を見ても分かる通り、必要である。

例えば、郵政民営化や大阪都構想は、その呼び水になり得るテーマであった。しかし1党優位がしみついた日本では、まだまだ、与党(大阪維新の会も大阪では与党)の横暴を許さないという視点が幅を利かせていた。それも残念ながら仕方のないことであり、また必要なことなのだが、郵政民営化や大阪都構想の本質は、日本をどのような国にするかという大きなテーマにつながっており、そのような議論が、もっと本格化するのが本当だ。

それこそ間を取ることもふくめて、議論の末に、結論はある。大問題について、第1、2党の意見が分かれれば、「お上」が決めるのではなく、有権者がどちらかを選ぶことができる(そのためには、第1、2党がもっと対等にならなければならない。そうでないと、選挙をしても、「勝負」であったのかが分からない)。国民も、国民にアピールをする政党も、成長することが出来る。反対の意見を持つ者に対する敬意を忘れない議論、かつ有意義な議論がなされれば、国内が二分されるようなことはない。

既成政党には、右にも左にも、既得権益との結びつきがある。その中には、合理的な政策の形成の、大変な邪魔になるようなものも少なくない。しかし、財界の一部と2大政党の両方が密接に結びついているというのでもない限り、政権交代があれば、それぞれの政策、それぞれが守る不合理の見直しは可能である。また、既得権益にも、安易に廃止すべきでないものはある(既得権益の受益者が強者とは限らないことを忘れてはいけない。理由があるからできたものであり、考えなしに継続させるべきではないが、廃止の影響に広く思いを巡らせることは、しなければならない)。

1つの政党(自民党)が何でもほどほどにやる(あるいはやらない)という日本のような状況では、有権者は選びようがない。政権交代による国政の調整は、代替案のない、今のところ最良の手段である。全ての既得権益をむやみに敵視し、成果なくかき乱すのは、左右どちらのポピュリズムであっても危険である(改革を進めようとする姿勢は大事だが、物事つくるのは大変で、壊すのは簡単だということを、忘れてはいけない。政治の場合、壊すのも難しいということが多々あるが、だからこそたたきつぶそうとするその手に、必要以上に力が入ってしまうということもあり得る。その自覚だけでも必要だ)。特に日本の場合は、一気に大きく変えるということよりもより、変えなくてはいけなくなってしまった現状を生んだ構造について、それがかつては良いものであったという見方ができても、まずは向き合い、改めることを考えることが重要である。

追い込まれた野党第1党(自民党のライバル政党)は、理想主義に走るだけではなく、自民党=日本と見て、日本の在り方について、とかく懐疑的になってしまう(自民党のライバルが追い込まれた要因には、改めて述べるが左派政党に対する不寛容、中選挙区制がある。そして何より、世代交代によって、党内に、ただでさえ少ない与党経験者が、いなくなってしまうということが大きい。つまりは素人集団になってしまうのだ)。もちろん筆者は、民主党→民進党→立憲民主党を「反日」だとは思わない(そのような議員が一人もいないとは言わないが、そんなことを言ったら自民党にもいるだろう)。一部にであれ、そう言われる原因があり、それが日本社会党~立憲民主党だけにあるわけではないことにも、しっかりと目を向けなければならないと考える。ばらまき主義の自民党に、左派政党であるにもかかわらず、民主党→民進党が節約主義(財政均衡、緊縮財政)で対抗するという珍しい光景が見られたことについても、同様である。

小泉純一郎が総裁となる前の自民党があまりに不明瞭な政党であったため、民主党はそれまで第2党になりながらも、第3極のようでもあった。財政政策については、その癖が抜けなかったのだという面があると思う。