1.政権交代論

参議院解散総選挙・・・

参院選の結果について述べていきたいと思うが、その前にまず、今回の参院選はあたかも、衆議院の解散総選挙のようであった。

以前、参議院には解散がなく、決まった時期に選挙が行われるから、1989年以降、自民党が敗けることも多いと述べた。しかし2019年の参院選では、「選挙の時期が不動なら、内閣に有利な政治イベントを持ってこよう」という、安倍内閣の意図を強烈に感じた。

老後に2000万円が必要だという、金融審議会ワーキング・グループの報告書(総理大臣、財務大臣、金融庁長官の諮問機関である金融審議会が「高齢社会における資産形成・管理」という報告主において、平均的な世帯のケースとして示した)が公開されたこと、これが批判を招くと直ちに「報告書を受け取らない」から正式なものとして存在しないという、姑息な対応をしたことで、与党が参院選で不利になると見られた。このことで、衆議院の解散総選挙、つまり衆参ダブル選挙が断念されたという面もあるだろう(支持率の低い野党も、総選挙で議席を伸ばせそうにないような状況で、通常国会終盤では解散を巡るチキンレースが繰り広げられた)。

確かに自公連立政権は2004年、年金保険料を引き上げ、給付を引き下げた際、100年安心を謳った。しかしそれは年金だけで暮らせることを約束するものではなく、今回、国民の多くは事態を冷静に受け止めた。これは正しいことで、今の路線で年金が破綻するかどうかと、年金だけで暮らしていけない人、年金を受け取れない人をどうするのか、ということは別問題である。とはいえ、少し前までであれば、マスメディアはこの問題について、自民党内閣をたたきまくったであろう。安倍総理がマスメディアをかなりの程度押さえていたことで、野党は援軍を得られなかったという面もあるだろう。このような権力者のやり方について、筆者は嫌悪感を覚えるが、年金の問題について冷静に受け止めなければならないのもまた、確かだ。

このような、自民党が大慌てするアクシデントはあったが、参院選をにらんだ自民党政権の攻勢は始まっていた。

その1つがG20である。今年は日本での開催であった(開催地は大阪であり、基本的には維新の会にとっても追い風となる出来事であった)。G20は通常、G7の後の開催である。初めて開かれた2008年以来、年に2回開催された2009年と2010年は別として、ずっとそうである。安倍内閣はそれを参院選前に持ってきて、自民党のアピールに使ったのだ。また、ハンセン病に関する訴訟について、熊本地裁の判決を受け入れ、控訴しなかった。このこと自体、筆者は評価する。しかし、安倍総理が判決について「受け入れがたい点がある」としているように、政府の本来の姿勢は控訴であったと考えるべきであり、選挙を意識してそれを変えたのだとしたら、喜ばしいことである反面、患者やその家族は、政府に軽視され続けたのだということになる。

まだある。安倍内閣は、輸出管理の優遇措置を適用する対象国から韓国を外すとした。これも十分に理解できる。しかし国家の存亡に関わる外交問題を、参院選に利用したのだとしたら、非常に危険なことである。どこまで自民党に有利な状況がそろえば良いのか、という筆者の関心上の大問題では当然あるのだが、もちろんそれだけではない。この措置は、韓国に対する貿易上の疑義(軍事に使用し得る物質の北朝鮮等への密輸出疑惑)によるものである。それには何の問題もなく、むしろ対策をとるべきである。しかし、韓国の日本に対する姿勢(徴用工問題、レーダ照射問題、慰安婦問題)への報復ではないということが、正式な発表は別として、徹底されていないように見える。実際は他の問題に関する対立から、とにかく韓国に打撃を与えようとしているのだということになると、国際法上問題となり得る。

「敗戦国日本」に対して、時に厳しくなる世界の目を甘く見るべきではない。多くのことが重なって韓国(の現政権)を全く信用できなくなったという背景が、仮にあるのだとしても、これは一切すきを見せることが許されない問題なのだ。この措置のためにマイナスの影響を受ける、日本企業、日本人も存在する(輸出先を失うことも十分あり得る)。さらには、日本と隣国との関係悪化を、中国が利用するという大きなリスクがある。このような、ただでさえ難しい大問題について、選挙に有利だという「邪念」が入りこんでいたのだとしたら、それはあまりに無責任なことである。他国に「邪推」されぬよう、参院選の後に打ち出すべきではなかったか。

確かに、これらのことについて、筆者は確かめたわけではない。だから仮定で述べているのだが、これだけのことが偶然同じ時期にそろうだろうか。なにしろ、似たようなことは他にもあるのである。カジノの基本方針の公表の延期、そして財政検証の結果の公表延期である。後者は、2004年の年金制度改革で導入されたもので、5年に1回、年金の状況、見通しについて検証し、改革に役立てるものである。前回は6月に公表されており、今回は与党にとって、参院選の不安材料となり得ることから、公表を延期したふしがあるのだ。

国民ができる限り多くの情報をもとに、選挙で選択をするのが民主制であり、その材料を奪った安倍内閣の罪は重い。上で述べたことも含め、内閣・与党の選挙戦略として、この程度は十分許容範囲だという人もいるかも知れない。しかし国民が軽視されていることは間違いなく、優位政党によるこのようなことの積み重ねが、独裁政治、恐怖政治へと至るのだということも、忘れてはいけないと思う。

考えてみれば、新元号の発表という、本当はしたくなかったことが(安倍総理は天皇の生前退位に否定的であった)、逆に安倍内閣の支持率を上げたということもあった。これについては、官房長官の発表で十分であり、前例を踏襲したことにもなるのに、安倍総理は別に会見を開き、選定理由などを語った。確かに今回は、平成の時のように、天皇の崩御を受けたものではない。しかし出過ぎたことだと筆者は思った。どうであれ、政治利用だと言われることは、可能な限り避けるべきであったのではないだろうか。

これで最後にするが、安倍内閣は、野党の追及を受ける予算委員会の開会を拒み、「与党の審議拒否」を加速させている。筆者ははじめに、安倍内閣が参院選前に「イベント」を持ってきたとした。しかし反対に、参院選前には何かをしない、ということも可能なわけである。改めて言うが、衆院選のように、総理がその時期を決められない参院選であっても、国政を好きにいじれば、似たような効果を期待することができるのである。