1.政権交代論

立憲民主党の敗因

2017年の民進党分裂を日本人は評価し、その上で立憲民主党を希望の党(≒小池+民進党右派)に変わる第2党にしたのだから(総選挙前の議席数について希望の党は、立憲民主党を大きく上回っていた)、今度の結果を見て、安易に民主党系の再統一を図るべきではないと思う(再統一の理想的なあり方については『政権交代論~内なる病、1党優位~』「そして、民進党の再建、変革、強化~新しい合流の形~」参照)。

ただし、言いたいことがある。「立憲民主党が結成当初と変わってしまった」とは言えない状況である。それなのに同党は、早くも不振に陥った。そうであれば、同党が、希望の党→国民民主党と一線を画す(一定の選挙協力にとどめる)路線では支持を得らないと判断しても、おかしなことではない。もし立憲民主党が他党との合流に動いても、安易に責めたり笑ったりすることは、日本人はできないはずだ。それは自分たちを笑うことにもなる。

なお、今回の参院選について、国民民主党(と同党に合流した自由党)は、比例の名簿を立憲民主党(等)と統一することを考えていたようだ。それをしていた場合、立憲民主党の人気で得た票で、個人名の票を比較的多く集められる国民民主党の右派労組系の候補が多く当選していたかもしれない(その場合、おそらく立憲民主党の人気で集められる票は、党名も、個人名も、実際よりもさらに減っていたと思われる。立憲民主党で最も票を得た候補の票数は、国民民主党の4位よりも低いが、党名による得票では国民民主党を凌駕している)。選挙協力にはこのような問題もある。また、左派野党の統一候補が、当選後、左派野党らしからぬ行動をとる可能性もある。別々に戦えば、比例代表ですら死票が増える可能性もあり(名簿を1つにしても離れる票がないと仮定すると、野党各党の議席獲得に至らなかった余りの票を合わせた場合、あと1議席取れていたというようなことが、あり得る)。分立しているからこそ入る票もあるし、左派野党間の連携は、感情的な面、政策的な面に加え、技術的な面でも、難しい点が多々あるのだ。

話がそれたが、筆者の考えは、他の左派政党(国民民主党を含む)とだけ協力しようとする立憲民主党の路線が、むしろ変更を求められているというものである。民主党の維新の党との合流、その後の大分裂と小池ブーム、立憲ブームで見えにくくなっていたことが、改めて突き付けられた選挙結果であったと感じているのだ。筆者は、今回の野党共闘のあり方自体が誤りであったとは思っていない。定数が4以上の選挙区では、立憲民主党も共産党も候補者を立て、双方が当選するということは、目指すべきである。与党と維新の会の候補が合わせて1名しかいない2人区でも、基本的には2人立てて良いと思う。それができないうちは自民党に迫れないだろうし、それくらいの勢いがなければ、国会でも巻き返すことは難しいと思う(ただし4人区の場合、3党が擁立するのでは多すぎる)。第2党は左派政党であるべきだとも、確信している。

しかし今回の敗北について、冷静に見なければならない。立憲民主党の支持率は、2018年の夏ごろから、基本的には下がり、回復する糸口をつかめないでいた。その理由は、地味であるということに尽きると思う。だが結論を急がず、敗因として挙げられるものを並べていこう。次の通りだ。

 

①小池希望の党に排除されたことに対する同情、判官びいき、感情移入、自己投影があったところ、今回はむしろ、立憲民主党が他党との合流を否定するという点で、他党を排除する立場となったように見えた(枝野代表が共産党候補の応援に行ったことは大変評価できるが、共産党は候補を取り下げさえすれば良いという姿勢は、まだあまり変わっていない)。また他党を切り崩す立憲民主党を見て、否定的になった人もいるだろう。

②結成時に参加していない旧民進党系の議員を入党、会派入りさせたり、社民党と参議院で統一会派を組んだことが数合わせに見えたことで、支持が弱まった。

③旧民主党からの脱却に期待した人々が、そのような実感を持てない中で離れた。

④単に立憲民主党が目立たなかったことで、票が減った。

⑤立憲民主党が左に寄り過ぎていることから、結成直後の勢い、雰囲気で得た票を失った。

⑥より左の姿勢が明確で、話題作りがうまいれいわ新撰組、あるいはNHKから国民を守る党に票が流れた。

⑦多様性を訴えの中心としたため、格差、貧困に不満を持つ人々の票が、れいわに流れた。

 

こんなところだろうか。これらには致し方ないという面もある。例えば政党が店であるなら、あーでもないこーでもないと、ぜいたくを言うのが、有権者という客である。政党に要望や不満を持つのは全くおかしなことではないが、外野にはなかなか理解できない、あるいは実感できないこともあるということは、念頭に置くべきだ。

さて、①について言えば、他党との安易な合流は過去の繰り返しであるし、自民党などと妥協してしまうかもしれない勢力からは、自党に引き抜ける議員を引き抜くのも仕方がない。民進党離党者による立憲民主党には、選挙に強い有力議員が比較的少ないという事情もあった(希望の党に行かなかった、行けなかった有力議員の多くは、無所属で立候補した)。国民民主党との参議院第一会派争いは見苦しかったが、希望の党に抱きついた議員達を多く含む国民民主党に不信感を持ち、自民党と安易に妥協するかもしれない国民民主党を抑えつけようとすることは理解できる(国民民主党の「対立よりも解決」には一理あるのだが、自民党に利用されるリスクも高い)。ただし、当初は希望の党に行こうとしていた議員達には本来、その資格はない。また、立憲民主党の態度がいささか横柄であったことは否めない。

いつの間にか②(数合わせに見えたこと)の説明もしてしまったが、社民党との統一会派については、「政治はきれいごとではすまない。第一会派になりたい。」と堂々と言って、「理念、政策が近いので、組んだのだ」と言うべきであった。「近い勢力と組むのは野合ではないし、民主党→民進党にまとまりがなかったというのが問題であって、社民党とはそうはならない」と言っても良かった(もちろん、もめる可能性はあるが、米軍基地辺野古移設撤回で民主党中心の政権を離脱したのが社民党であるから、立憲民主党が本当に移設に反対なのであれば、過去の対立は問題にはならない。それにこれは党対党のことであり、党内でもめるのとは性質が異なる)。

③(脱却に期待した人が離れた)については、内部対立がかつての民主党の最大の問題であったとするならば、代表選をいつからやるかという、党内民主主義の問題はあるにせよ、内輪もめがほとんど見られない立憲民主党は十分に刷新されている。ただしそれでも、民主党政権の総括は必要である。国民が失敗だと思っているのだから、失敗を明確に認めないと、成果も認めてもらえない。もちろん期待もされない。リーマンショックの影響が大変な時であったとか、与党経験の不足とか、小沢一郎がわがままだったとか(しかし2009年の政権交代は、小沢抜きには難しかったであろうし、総選挙後に党の方針を変えたのは「反小沢派」である)、震災があったとか、それまでの長い自民党政治や、政権交代がほとんどなかったことに問題があったとか、言いたいことはあるだろうし、これらのことも重要だとは思うが、そのような分析も、素直な謝罪があって初めて、国民に共有してもらえるというものだ。これらの問題への対応も含め、自分自身の失敗に向き合うことが、何より大切である。

④(目立たなかったこと)については仕方がないと言いたくなる。自民党は権力を握っており、かつずるい(政治はきれいごとではできないのだから、これにも仕方がないという面はあるが)。マスメディアは自民党からのクレームを警戒し、あるいは懐柔され、特に選挙前の報道には慎重だ。ただし、れいわとN国を見れば分かるように、アピールする方法はもっと色々考えられたはずだ。日本人は「死んでも~改革がしたい」という主張に弱い。そこに訴える目玉の改革案が必要であったと思う(保育士、介護士の給料を上げ、その数の増加につなげるのは良いが、敵をつくって執拗に攻撃するようなポピュリズム政党になれとは言わないまでも、もう少し日本の病に切り込む、あるいは国民の不安や不満を直接的に晴らすような、政策があれば良かったのかも知れない―改めて考えてみたいが、経済に強くなるのが急務だろう―)。

⑤(左に寄っていること)については、左派政党は必要であり、野党第1党、つまり立憲民主党は左派政党であるべきだと思うが、課題もある。⑥(ミニ政党に票が流れたこと)と⑦(れいわの方が弱者のための政党だと見られた)にも関わることなので、まとめて述べたい。例外も多くあるが、保守系(右派)政党が競争重視・伝統重視、社民系(左派)政党が平等重視・伝統からの自由重視というのは、一つのスタンダードだ。これで見れば立憲民主党は間違いなく左派政党だ。しかし左派政党の中でも、国民を貧困等から守るという姿勢の、現状をより深刻に受け止め、より平等重視に見えるれいわに、見劣りした面はあったと言える。他国と同じように格差が拡大してきている日本において、より多くの支持を得るためには、支持基盤の労組の関係についても、柔軟な姿勢が必要だ。あちらを立てればこちらが立たずということもあるが、懸命に理解を求めることも重要だ。

枝野代表は、立憲民主党を保守政党だとしている。左右に分けようとすることが時代遅れだとする声もある。確かに左派政党が戦後体制の保守、右派政党が新自由主義的改革、現状を改めて戦前に回帰しようというような面がある。しかしこれこそ、少なくとも欧米では現在保守と呼ばれるものである(戦前回帰というのは日本の事情によるものだが、こちらの方が伝統重視である―江戸時代までの伝統と異なるところも多いが―)。それに左右の分類がそんなにすぐに無くなるものではない。スタンダードが徐々に変化していく過程を捉え、なるべく多くの人がその別、政党との関係をイメージしやすいような、分類を心掛けるべきだ(いずれその方向での整理を試みたいと思っている)。

そしてもう1つ、幅広い支持を得るためには、安全保障の問題からは逃げられない。筆者はかつてアメリカに反感を持っていた。しかしアメリカと中国、どちらが信用できるだろうか。仮に裏でどうなっていようと、少なくともアメリカは民主主義国である。日本にとって害がないとは言わないが、少なくとも日本の領土を狙ってはいない。アメリカとの同盟を中心として、中国の脅威に対応することは避けられないように思われる。だからといって自民党に似ればよいというわけではない。左派政党なりの、多くの国民が安心できるような現実的な国防、日米間の問題の解決方法を示すことができるのなら、それで良いのだ。

立憲民主党は、政権交代があれば政権の中心となる勢力である。その政策、主張は現実的でなければならない。その上で、いまはこれしかできないが、理想も述べたいとして、思う存分述べればよいと思う(筆者がこれまで述べてきたことである。現状を受け入れる現実主義と、理想の実現へと少しでも進もうとすることは矛盾しない。むしろ理想の実現を約束しておいて、政権を得ると挫折するというのより、そしてはじめからあきらめてリアリストを気取るより、ずっと良いということだ)。

⑦は立憲民主党の作戦ミスだ(あくまでも作戦ミスであって、多様性も平等も重要である)。経験を重ねて克服するしかないだろう。作戦ミスと言えば、選挙の戦略全般に、不器用さが目立ったように思う。総括が重要になる。

以上のことから、路線や政策が間違っているというより、改善、工夫の余地があるのだと言える。だから希望はある。