1.政権交代論

ダブル辞任による再起

2019年、維新の会が再び注目を集めた。これについて述べないわけには、もちろんいかない。なお、筆者の関心事は主に国政である。だからこれから述べるのは、基本的には大阪維新の会という地域政党ではなく、その全国政党、日本維新の会である。

大阪維新の会については、大阪の改革を進めていることについて、筆者は評価している。もちろん欠点もある。しかしそれまでの大阪の政治、いや全国の地方自治体の政治を見れば、ここまでてきぱきとしたものはなかったと、筆者の知る限りにおいてだが、思う。だから、他党が大阪の改革を批判しても、なかなか素直に聞くことはできない。もちろん、それでも反対の意見は重要であり、改革をする、しないではなく、維新の案よりも良い改革案を示す政党が出てきても良いころだと思う。

改憲の議論に参加し、それを進めること自体が、安倍自民党に利用されることになるという、立憲民主党などの立場は、理解できないことはない。数で押されたらひとたまりもないし、憲法についてであっても、「議論は尽くした」と言って、自民党が押し切る可能性は、全く否定できないからだ。しかしそれも、本当は有権者が決めることだ(だからこそ、約65年間ほとんど変わらない、日本の1党優位の状況は問題なのだ。憲法改正については広告規制も必要だ。有権者を信じていないという批判にも一理あるが、対等な条件でやるべきだと思う)。だが、大阪府政、市政の改革については、そんなことはないだろう。

大阪維新の会は、大阪では自民党以上に強い面がある。しかし優位政党とまでは言えないし、国政には自民党という、別の優位政党がある。大阪都構想に関する住民投票だって、一度否決されている。他党が大阪維新の会の案に代わる改革案を突き付けたところで、問題はないはずだ。住民の生活に直結する地方政治について、改革がほとんど必要ないなどというのは考えにくい。改革とはなにも、新自由主義的改革だけである必要はない。維新の会は教育の無償化を進めたのである。

各党が改革を競い合い、住民が冷静に選択をすることができれば、大阪の政治は、先進国レベルに、もちろん日本の最先端になる。

しかし話は国政だ。もちろん大阪維新の会が無関係なわけではないが、国政については否定的なことも多く述べるので、大阪に関する評価は別だと、述べておきたかったのだ。

さて、府知事、市長のダブル選挙を統一地方選にぶつけ、全国的に注目を集めるという維新の仕掛けについては、見事だと思った。同時に、「またか・・・」とも思った。

松井大阪府知事と吉村大阪市長は共に辞任し、大阪都構想の是非を争点とする、出直しダブル選挙に打って出た。正確には、松井が市長、吉村が知事選挙に、つまり入れ代わって出馬することで、再び4年の任期を確保できるようにしつつ(そうでないと、たとえ再選されても、その前の当選の残りの任期しか務められず、年内にまた選挙ということになっていた)、それを統一地方選にぶつけることで、大阪府知事選、大阪市長選、大阪府議選、大阪市議選などが同時に行われるようにしたのだ。突然の辞任とたくさんの選挙、さすがに注目されないはずがない。

日本維新の会は、大阪以外では不振を極め、2017年の総選挙では、大阪府においてすら、壊滅させたはずの民進党系を1上回るだけの3議席しか、小選挙区の当選者を出せなかった。大阪での不振の原因は、互いに候補者の競合を避けるなどした、小池希望の党に対して、積極的に対応をしたとは言えないこと(筆者には戸惑いつつ、しぶしぶ協力したように見えた)、小池希望の党の人気急落に巻き込まれたことがあるように見える。しかし、国政選挙の、しかも小選挙区で、自民党はやはり強かったというべきだろう。特別なブームがなければ、優位政党であり、支持率も低くない自民党が勝っても不思議ではない。

そして全国的な衰退についてだが、これは当然の結果であった。2012年に結成された日本維新の会の後継政党であった維新の党を、ほとんど大阪派だけで飛び出したのが、今の日本維新の会なのだから、かつての日本維新の会、維新の党と比べれば、ずっと弱くて当然なのである。そしてそれは、大阪における維新の支持者の、少なくとも一部を落胆させたと想像する。維新の党離党当初、全国政党として「おおさか維新の会」を名乗り、その名で戦った2013年の参院選では、大阪で勝利した(大阪で定数4のうち2議席を得た)ということはあってもだ。

ともかくそのような窮状を、維新の会は自力で脱した。これはすごいことである。

ダブル辞任の理由は、公明党が裏切ったというものであった(公明党は、大阪府議会・市議会任期中の住民投票を、議論を尽くすことを前提に約束していたが、実施に消極的であった)。筆者もこれは、公明党に非があると思う。しかしそれすら、維新の狙い通りであったのでは、とすら考えてしまうほど、選挙は大成功であった。

ここからは、「またか」という感想にも含まれることなのだが、日本の有権者は、良い悪いは別として、「これだけはやりたい」と言う政治家に弱いところがあるようだ。小泉総理の郵政解散がその象徴であるが、それを筆者は今回のことで、恥ずかしながら思い知った。

ワンイシュー(単一争点)の選挙には良い面も悪い面もあるが、否定的な見方も多い。しかしどうであれ、大阪に関しては、維新の会の政治の先に、大阪の姿に関わる大阪都構想があるのであり、ワンイシューと言うべきではない。世襲ではない橋下徹が、2大政党などを敵に回しながらも道を切り開き、国政では小党の維新の会が、懸命に改革に取り組んでいる。悪役を見いだして世論を盛り上げるポピュリズムには慎重でなければならないが、ポピュリズムの一つと、安易に片付けるのも問題だ。

しかしそれでも、国政を専門とする筆者にとっては、「またか」は、悪い意味での「またか」になってしまう。日本維新の会の支持率が全国的に上がれば、民主党系と非自民票を奪い合って、自民党を助けてしまうという問題である。政治は政策を軸としたものになるべきだ。しかしそれ以上に、一党優位の状態を終わらせることが重要だというのが、筆者の立場であるし、その考えに自信を持っている。だから、やっと自民党中心の現与党対、立憲民主党中心の現野党という対立構図になったのに、また第3極か、と憤らずにもいられないのだ。

国政でも大阪でも、右派政党(あえて一括りにしている)にまともな敵がいないという、不健全な状況だ。なおかつ、改革政党である維新の会の政策が国政に反映されることも、実はというか当然ながら、難しい状況だ。

筆者は優れた強い社会民主主義政党が必要だと思うが、それは置いておいても、強力な敵がいない状態では、自民党が、優位政党の座を手放す可能性は限りなく低い。信仰を背景とした票を吸い上げることができる公明党との連立も、そう簡単に解消されるはずがない。そうであるならば、維新の会は、非優位の第2党、立憲民主党と交渉するしかないはずだ。協力する見返りに、政策の実現を約束させるしか、本当はないはずなのだ。たしかに両党は、公務員の問題などについて、折り合うことが難しい(立憲民主党には公務員の労組がついている)。自民党の中心に安倍総理、菅官房長官がいる限り、まだ自民党の方が、維新の政策をのんでくれそうに見える。しかし、自民党と組んだ党は結局、利用されるだけになる。公明党のように、宗教の力で票を自民党に献上できないのなら、なおさらだ。それは安倍内閣でも変わらないように、筆者には見える。

安倍総理はリーダーシップを発揮しているようでいて、かつての小泉総理のように、やると決めたらやる、絶対にやらなければならない、という性格ではない(ように見える)。消費税の8%への増税を先送りしたことについては、強さも見られた。しかし増税しないという、国民が支持しやすいテーマ、しかも何かをするのではなく、しないという決断、これを強行できたからと言って、他の改革を強行できるとは限らない、現に、大阪維新の会にシンパシーを感じていると見られるものの、正式な協力関係を結ぼうとはしない。現状ではそのほうがお互い都合が良いということもあるのだろうが、維新の会が志向するような、大胆な地方分権を進めるには、それではとても足りなくなるはずだ(維新の会が、改革よりも国政で与党になることを優先するのなら、自公維連立は比較的実現しやすいだろうが)。

立憲民主党は、公務員の労働組合を見捨てる必要は全くない。しかしこのような状況では、労組を支持基盤とする自らを、もちろん民主党に属していた時代も含めて省み、また無党派層に支持されなければ政権を取れないことも改めて認識し、維新の会の主張に真摯に耳を傾けるべきだと思う。野合のようにも見られるだろうが、公衆の面前で、とことん話し合ってみて欲しいと思う。どうしても折り合えないのなら、それを筆者の第2党コンクール(『政権交代論~内なる病、1党優位~』「そんな日本の政治に2つの提案」参照)につなげても良いのではないかと、思う。政治の主役は国民なのだから、第2党にはそのくらいして欲しい。国民も進歩するはずだ。なお、話し合うというのは、論破することに重きをおく、ゲームのような議論ではなく、相手を納得させるように尽くすと同時に、自分も相手の主張の、良い面を見出す、そんな議論である(もちろん相手を言い負かすことが必要な時もあるが)。