2.キーワードで考える日本政党史

キャスティングボート・政界縦断(①②)~薩長閥側の政界縦断の土台~

薩長閥、自由党に変化の兆しが見られた後、政界縦断の土台を完成させたのは、第2回総選挙の結果であった。政界縦断とは反対に動いた第2次松方内閣の選挙干渉による、民党の過半数割れ、吏党の過半数不到達という結果が、皮肉にも政界縦断の土台を築いたのである。

選挙干渉は結果として、野党(自由、立憲改進両党と旧巴倶楽部系)を過半数割れに追い込むことには成功したものの、選挙干渉を批判した陸奥系にキャスティングボートを握らせ、薩長閥の一部と民党の一部の連携へと、事態を動かすことを助ける結果となった。陸奥は自身の系列の議員を独立倶楽部に参加させることで、同派を動かすことに成功し、同派は衆議院のキャスティングボートを握ることで、政局を動かす起爆剤となった。

また選挙干渉の結果、吏党は伊藤新党の母体となり得る存在でもなくなった(そもそも中央交渉部の多くには、伊藤新党を形成する意図はなかったであろうが)。薩長閥政府内の選挙干渉は、中立派の衆議院議員を、政府から遠ざけたと考えられるわけだが、だからこそ陸奥が、独立倶楽部内の和歌山県内選出議員を以て、同倶楽部を動かし得たのだろう。

独立倶楽部の再結成は陸奥の指導を受けた和歌山県内選出議員が主導した可能性があり、内閣側は、これに参加しないよう、選挙干渉によって当選した議員達を指導したようである(伊藤之雄『立憲国家の確立と伊藤博文』96頁)。陸奥は彼の系列の議員に、民党寄りの姿勢を採るよう指示していた。彼らが第1次松方内閣を追い詰めることに成功すれば、政党の力がさらに認識されることになる。それは、自由党に影響を与え得る陸奥の立場、陸奥の政界縦断構想にプラスに働く。星は、独立倶楽部の支援により衆議院議長の地位を得て、自由党を伊藤系と徐々に近づけていった。陸奥は星に野党的な姿勢を採るようアドバイスをしていた。政党との接近に批判的な者が少なくなかった薩長閥政府と同様、薩長閥への接近に反対する議員を少なからず抱えていた自由党には、党内世論を見ながら、慎重に進む必要があった。その点で、陸奥-星の手法は理に適っていた。

なお、陸奥農商務大臣と後藤逓信大臣は、松本剛吉に熊本、福岡、佐賀3県での選挙干渉を支持したという(『大正デモクラシー期の政治-松本剛吉政治日誌』3-4頁)。そうであれば彼らは、品川の主導に反発したに過ぎないか、または品川の干渉が度を越していたことに反発をしたのだということになる。