2.キーワードで考える日本政党史

実業派の動き(④⑯)~営業税の国税化と実業家~

第9回帝国議会において、自由党と国民協会等の協力の下、登録税法案、酒造税法案、自家用酒税法案、営業税法案(国税への移行)、煙草税則中改正法律案、醤油税則中改正法律案、葉煙草専売法案が両院で可決され、成立した。大阪商業会議所戦後経済調査委員は1896年2月、営業税を低くして地租を上げることを希望するという決議をし、請願をしたが、渡邊国武蔵相は採用し難いと回答した(2月9日付読売新聞)。坂野潤治氏は、「政府が政党の支持を得るために地租の増徴を回避して営業税の国税化を打ち出したことが、商工業者の政治的擡頭にきっかけを与えたのである。」としている(坂野潤治『明治憲法体制の確立』)。第9回帝国議会において第2次伊藤内閣は、実業家層の意に添う法案も多く成立させた。例えば輸入綿花海関税免除法律案、航海奨励法案、造船奨励法案である。しかし、政商レベルの大規模商工業者だけに限らず、実業家層の利害が重要視されていれば、営業税の国税化は違った形でなされていたであろう。国税となった営業税について、商業会議所連合会は、卸売りと小売りの区別ができないこと、収益の多寡と一致せず、公平に定めることを望めない建物賃貸価格、営業の種類によって増減がある従業者数を課税標準としていることなどを問題視して、改正を求めた。東京商工会議所は、地税、関税、酒税、煙草税という、勤勉労働の結果である財産に課税する税を改良して歳入を増やすことで、国民の勤勉に課税する営業税、所得税、証券印紙税、北海道水産税、鉱山税などを廃止するという内容の意見書を、松方蔵相と大隈農商相(第2次松方内閣)に提出した(石井裕晶『制度変革の政治経済過程―戦前期日本における営業税廃税運動の研究―』51頁)。東京商工会議所はまた、不生産的な軍費の減少、政費節減の意見書をつくったが、横浜商工会議所会頭の高橋是清の異論により、商業会議所連合会からではなく、独自に提出する結果となった(石井裕晶『制度変革の政治経済過程―戦前期日本における営業税廃税運動の研究―』56頁)。国の財政規模拡大によって、地租の軽減ではなく地租の増徴が対立軸となったことには、民党が地租増徴に反対である限りは、民党の敗北という面が当然あった。しかし、増税がより不可避なものとなったことは、坂野氏が指摘している(坂野潤治『明治憲法体制の確立』119~120頁)通り、薩長閥政府寄りの議員が多い貴族院で否決される地租軽減を求めるものから、地租増徴に対する拒否権を持つものへと、民党の立場を有利にした。その分だけ、数で大きく劣る実業家中心の会派は、議席を増やしていたとはいえ、より不利になったといえる。