2.キーワードで考える日本政党史

2大民党制・1列の関係(④)~増税回避、異なる狙い~

2大政党が消極財政志向で事実上一致していたのは、地租増徴の継続を回避するという目的があったからだ。しかし帝国議会開設当初と違い、その裏には異なる志向があった。消極財政によって浮いた部分で、自由党系(立憲政友会)はインフラ整備という積極財政を、改進党系(憲政本党)は税負担(主に地租)の軽減を実現させようとしていた。両党は海軍の強化が必要だとしていたが、有権者に直接の利益とはならない山県-桂系の軍拡路線との相性が、良いとは言えなかった。山県-桂系は、軍拡などの積極財政を実現させるため、また自らに対する批判を小さくするためにも、消極財政を採る必要があった。自由党系については矛盾しているように見えるが、そもそも2大政党(2大民党)、特に自由党系は、自らが政権を担うことができるなら、増税を受け入れるという傾向があったと言える。政策を実現させにくい野党という立場であれば、有権者の負担増に抵抗するか、負担軽減を政府に求めるというのが、支持を広げ、安定させるのに有効な、ほとんど唯一の道である(そうでない重要な争点が浮上し、あるいは浮上させることに成功した場合は別だが)。しかし、政策を実現させやすい与党になれば、様々な方法で、有権者に利益をもたらすことができる。自らの権力欲も満たされる。政権を目指すものであるという大政党の性質上、それはやむを得ないことであり、だからこそそれを監視する、次に政権を得られるような大野党が必要なのである。1列の関係には、そのような機能が決定的に欠けていた。どの勢力も消極財政を唱えるような状況となっていた当時こそ、その背景にある思惑の相違、政策的な差異が重要であった。それが浮上するのは、日露戦争後である。