2.キーワードで考える日本政党史

第3極(②)~同志倶楽部~

同志倶楽部について、再結成されたとしたが、筆者は、第7回総選挙後の、新潟進歩党と三四倶楽部残留派による同志倶楽部と、第8回総選挙後の同志倶楽部を、同一のものと捉えている。ただし、総選挙を挟んで変化はあった。旧三四倶楽部系が消え去ったのだ(三四倶楽部系5名のうち、竹内正志だけは、第8回総選挙の結果の更正によって議員となったものの、無所属として衆議院の解散を迎えた)。1902年12月6日付の東京朝日新聞は、大東義徹(大成会→巴倶楽部→溜池倶楽部→同盟倶楽部→公同倶楽部→立憲革新党→進歩党→憲政党→憲政本党→三四倶楽部→同志倶楽部)ら7名が憲政本党に復党し、同党が議院に通知したとしている。第8回総選挙後の同志倶楽部は、新潟進歩党の7名と、同党と近いと思われる(第7章補足~同志倶楽部結成の経緯~参照-阿部恒久『近代日本地方政党史論―「裏日本」化の中の新潟県政党運動』274頁-)新潟市選出の鈴木長蔵、そして和歌山県郡部選出の医師、吉村英徴によって構成されていた。ただし、新潟進歩党の坂口仁一郎が1903年5月28日に離脱した。市部の議員は鈴木長蔵だけであり、実業家は少なかった(『中小会派の議員一覧』第8回総選挙参照)。