1.政権交代論

(準)与党の不振(①④)~苦しい帝国党~

帝国党の佐々友房は、第1次桂内閣と立憲政友会の妥協について、無計画であっては忠実な者も離反すると、批判する書簡を桂に送っている(註)。その書簡には、決議案に賛成した議員がいることも記されている。吏党系の影響力低下について、佐々は危惧していたと考えられる。薩長閥は、1列の関係の最も前(中心)に位置していたが、中央でキャスティングボートを握っていたといえるのは立憲政友会であり、吏党系は薩長閥の道具にすぎず、1列の関係において、有利な立場であったわけではないことは、ここまでにすでに見た通りである(『補論』も参照)。

註:1903年5月29日付桂宛佐々書簡(『克堂佐々先生遺稿』450~451頁。酒田正敏氏は、決議案を文章問責-教科書審査事件に関するもの-、4派を帝国党、中正倶楽部、議員集会所、政友倶楽部としている-『近代日本における対外硬運動の研究』259~263頁-。