1.政権交代論

補論⑤註

註:1897年6月15日付東京朝日新聞。また同月8日付の同紙は、自由党宮崎県支部の解散についても報じている。同じ1897年の10月11日付の同紙は、自由党の松田正久らが同倶楽部の懇親会に臨んだとしているから、同じ九州の勢力として、自由党の、松田を中心とする九州派と近い関係にあったのかも知れない。1898年2月1日付の同紙は、同県第1区選出の川越進の総選挙出馬辞退を受け、県会議長が津野常を、第5回総選挙における同選挙区の候補に推したことを報じている。そして、津野は実際に当選している。