1.政権交代論

補論⑲註

註1:佐々博雄「熊本国権党系の実業振興策と対外活動―地域利益との関連を中心として―」52頁は、『克堂佐々先生遺稿』を基に、熊本国権党が黒田内閣期の条約改正に反対した根拠として、外国人裁判官の任用が国権を毀損するということの次に、条約改正による内地雑居の実施が実業の発展を妨げることがあったとしている。

 

註2:坂本箕山『元帥侯爵山県有朋』314~315頁は、辞任した理由について、3つの可能性のうちの1つとして、伊藤が、詔勅によって講和を策し弊政釐革を議会に約束したことを挙げている。1893年3月10日付の読売新聞も、山県の辞任の原因を、伊藤が民党に妥協して大改革を年内に行おうとしていることだと見ている。