1.政権交代論

2大民党制(⑧)~自由党系の積極財政回帰~

第22回帝国議会において重要なのは、立憲政友会が、第4次伊藤政友会内閣期に挑戦し、第1次桂内閣に、同じ野党の憲政本党と共に唱えていた、行政整理の路線を放棄した(註)ことである。経済情勢に合わせた転換を、非合理的なものだと評価することはできないが、自由党系(立憲政友会)が積極財政志向に戻ったとするなら、財政は2大政党間の、重要な対立軸となるべきものであった。憲政本党改革派と違って民党的な主張を維持する憲政本党非改革派にとっても、立憲政友会との溝を広げるものであった。

註:1906年1月26日付の原日記に次のようにある(『原敬日記』第2巻続篇310頁)。西園寺の答弁とは、予算委員会におけるものである。

西園寺より従來の行政整理は戦後形成一變したるに因り之を打切る積なりと答辨したり、是れは閣議の決定に基きたるものにて従來の經費節減を意味したる整理はこゝに終りを告ぐるの趣旨に出たるなり。