安倍内閣対吉村維新

安倍内閣は、緊急事態宣言解除の基準を、5月14日に発表した。緊急事態宣言の延長は5月4日に発表されたが、その際、どうなれば解除され、あるいは延長されなくなるのか、基準は示されなかった。これが全て間違っているわけではない。どちらかが全て間違っているなどということはなく、そう簡単に100%の正解が出るはずもない。基準を作ればそれに縛られる。経済を優先すべき状況だと判断しても、解除できなくなる。その時に基準を破棄して解除したりすれば、その後の状況にもよるが、政治への信頼が失墜するということも、十分にあり得る。

そうかと言って基準を示さなければ、皆いつまで、どうなるまで我慢しなければいけないのか、非常に苦しむことになる。外出自粛などのストレスも問題だが、より深刻なのは当然、経済的な打撃である。だからこそ吉村大阪府知事は、後手後手の国よりも先に、自粛要請解除の基準を示した。

何が正解であったかと言えば、基準を示し、それでどうにもならなければ、医療や経済の専門家の意見を聞いた上で、それを破ることもあり得ることを、総理が責任をもって明言することであったと考える。もちろん決断に至る経緯は、後に検証できるように記録を残す。それができなかったのは、「こんなことで責められたくない」、または「安倍総理が批判されないようにしなければいけない」という、政権の心理ゆえではなかっただろうか。その点、吉村大阪府知事が異なっていたのは確かだ。

内閣がこのような姿勢であるのに、西村新型コロナ対策担当大臣が吉村知事を批判したのは、悪い冗談にしか聞こえなかった。吉村知事が緊急事態宣言の出口戦略を国が示すべきだとし、大阪府における自粛要請の解除基準をつくったことに関し、西村大臣が、都道府県による自粛要請と、国が出す緊急事態宣言を混同しているという内容の批判をした(確認しておくと、知事は緊急事態宣言を受けて、法的根拠、国のお墨付きのある自粛要請を出す権限を得る)。しかし解除基準の重要性を先に示したのは吉村知事であった。西村大臣は結局吉村知事の株を上げ、自粛要請の権限は知事にあるという、言質を取るのに利用された。後者については、知事が政府と相談して決めるというあいまいさが問題となっていたから、良いことであった。

しかし、自民党寄りだと見られる維新の会は、このような体質の自公政治を、大阪のために、自らの政策実現のために、しばらくは助けざるをえないと言うのだろうか。

1党優位を問題視している筆者からすれば、このことこそ、最近の、そしてこれからの日本の政治の、最大の問題の一つだと思うのだが、近く改めて、じっくりと考えてみたいと思う。