維新の会のカード

維新の会の狙いは何かと言えば、それはもちろん国を動かすことだろう。大阪都構想が実現しても、大阪府は大阪都という名称にはならない。ましてや道州制を実現するのは、国政の中心に進出しても、なお困難だ。

かつての日本維新の会と結いの党が合流する時、党名の調整が難航するのを見て、「あ党でもい党でもいい」とした橋下は、本心がどうであれ、また党名も軽視できないものであるとはいえ、センスがあると改めて感じた。しかし大阪府の場合は別だろう。東京と並ぶ都市にしなければ、人も企業も東京に流出し続ける。そのためにはコロナで大打撃を受けた観光にばかり、依存してもいられない。

香港が動揺しているし、東日本大震災以来、東京一極集中の危険性や多様性の欠如が、より問題視されるようになっている。副首都、国際金融都市を目指すなど、制度、環境を整え、足腰を強くしなければならない。足腰を強くするためには、まずは首都機能の一部の移転、大企業の転入を実現させていくのが有効だ。大阪「都」という名称にするのは、それより実現しやすいことだと思う。名称変更だけということならハードルは低いし(都構想が実現して事実上は都となっていれば、自民だって、嫌がらせをしたいというのでもない限り、反対のしようがない。優先順位が低いと言って先送りをすることも考えられるが、維新と近い安倍-菅ラインなら、早期に実現させるだろう。地方自治法の改正で強引にやれば住民投票も不要だが、特別法でやれば住民投票が必要になる。維新が住民投票をするとしていることは、評価できる)。「都」への名称変更は、東京と対になる都市として、大阪のブランド力を上げることにもつながる。「府」に愛着を持っている人も多いだろうが、それでも大阪の人々に、喜ばれるのではないだろうか。

維新の会はこういった、国政でなければできないことを目指している(もちろん一度国政政党を結成してしまえば、それだけでも、そこに権力欲というものは生じる)。だから自民党にすり寄る。しかし大阪限定、あるいはそれに近い政策ならば良いが(それでも影響を被るところから反発は起こる)、道州制はどうか。これはやはり、安倍総理、菅官房長官の影響力が残っていても、難しいだろう、全国的な問題で、多くの利権と結び付く問題だからだ。自民党のトップが「他の何よりも、なんとしてでも道州制をやりたい」と言って、やっと何分の一か、道が開かれる程度だろう。

これを実現させるには本来、現状維持的な自民党に媚びるよりも、自民党政治を変えることが使命の、野党の陣営で主導権を握るというのが、あるべき姿だ。そのために、思いを同じくする政党、議員との再編もあって良い。もっとも、それに失敗したのが維新の会である(野党第1党になっていれば違ったと想像する。本当に惜しいところまでいったのだが)。

自民党は、支持率の極端な低下に苦しめられない限り、全体としては変化に消極的だ。個々に意欲のある議員はいても、そういう構造なのだ。だからやるとすれば、良し悪しは別として、全体的な改革というよりも、特定の改革を勢いで進めるという形になる(郵政民営化が良い例だ)。そしてその後は、その改革路線を広げていくというよりは、比較的早く揺り戻しが来る。橋下が自民党の総裁になるというくらいのことがあれば別だろうが(※)、それはそれで橋下らと自民党内の反対勢力がもめて、結局元の自民党に戻るだろう(橋下は思い通りにならない維新の党を離党している。この点で小沢一郎に似ている)。

小泉内閣初期と違って、民主党系が自民党の改革派に味方し得るということは、期待できない。対立感情もあるし、競争か平等かという対立軸が、より有効になるであろうからだ。橋下に人気があっても、動揺する自民党の、組織力のある反対派と、格差の拡大を問題視して反新自由主義を掲げる左派野党を、共に抑えて政権を維持するのは、至難の業だ(双方が共倒れすれば別だが、何らかの手が打たれるだろう。これも「自社さ連立の再来」かも知れない。その時にはもはや、大阪vs東京を演出することもできない)。

「それなら維新も野党陣営で」と、どうしても思ってしまうわけだが、やはり、政権交代は難しい。維新の改革と、現実的な社民系の政策には、両立し得るものもある程度はあると思うが、民主党系と仲良くするのは難しそうだ。維新の会にとっては、自民党と離れているふりをして(左派野党の低迷を見て、それすら隠さないほどに油断しているようだが)、自民党の要人にぶら下がっているという形を採り続けるのが、今後も比較的有効であるだろう。離れているように見えるからこそ、重要視されるということもある。自民党の一部になれば、単なる小さめの派閥として、自民党という存在に溶けてしまう危険が大きい。

左派野党に対しては、利用できると考えた時にだけ歩み寄る。その時左派野党が低迷していれば、歓迎すらされるかも知れない。少なくとも左派野党は混乱し、共産党から維新の会まで、というわけにはいかなくても、というより維新もそれは望んでおらず、共産党をとるか、自分達をとるか、民主党系に決断を迫るだろうが、維新は共産党以外の左派野党の大部分とは、実際には組めるのではないだろうか(小池百合子のように排除しなくても、民主党系の最左派を、「非自民・非共産連合」の中で少数派にして弱らせることもできるだろう)。それでも、政権交代が狙えないことはない(共産党が対立候補を立ててくればやはり、その力がよほど落ちない限りは、政権交代の大きな障壁となるから、かなり大きなブームを起こす必要はあるが)。

要は、維新の会は動きやすいポジションについて、状況を見て、有利な方法を採るということだ。維新のより明確な全国政党化も、必要になれば、その時にやれば良いことなのである。最低限の基礎だけつくっておけばよいということだ。だから維新の、地域の小政党等との連合は理にかなっている。強い政治家と組んでは離れてを繰り返してきたことを考えればなおさらだ(組んだ相手を挙げておくと、太陽の党の石原、結いの党の江田。そして再編は実現しなかったが、民主党系の右派の、前原ら)。失礼な言い方になるが、動くべき時までは大物でない人達と組んでおくのがベストということだ。松沢成文元神奈川県知事(新生党→新進党→国民の声→民政党→民主党→無所属の神奈川県知事→みんなの党→次世代の党→無所属クラブ→希望の党→希望の党→日本維新の会)、新党大地の鈴木宗男、あたらしい党の音喜多駿、減税日本の河村たかし、みな、裏切って自民党に行くことはあり得ても、橋下・松井・吉村に明確に反抗することはなさそうだ。これは2012年にあり得たと考えられる連合(『政権交代論』「2012年総選挙、自民でも民主でもない地方分権派勝利の夢」参照)とは明確に異なる。

筆者もついつい、維新の本当の国政政党化に関心を持ってしまうが、自民党とパイプのある同党には、様々な手段が、一応はあるのだ。なお、この点では橋下の方が松井より柔軟に見える。もともとは自民党の世襲議員(大阪府議会)である松井は、左派野党に対する拒否感が強すぎて、動きが読める。つまり議席以上の力を演出することが難しい面がある。

左派野党が維新の戦略に対抗するには、維新の会が安倍自民党側であることだけは明確にすべきだ。あとは国民の判断だとしか言えないが、与党と野党の使い分けだけはさせてはならない。それさえ阻止すれば、左派野党はこれまでの至らなさを国民に詫び、改善策を示し、魅力的かつ実現できそうな公約を掲げれば、少なくとも後退はしない。つまり野党第1党の地位を、より確かなものとすることができる。

自民党の新総裁が反維新になると(現状では考えにくいことだが)、どうなるだろうか。維新にとっては、左派野党と一度組んで自民党に打撃を与え、それから自民党と組むのが一番有効だと思う。維新の会には民主党系を嫌う者が多いようだが、民主党系とのすみ分け、民主党系に接近すると見せかけて、民主党系を左右に分断する。その右派と組んで野党陣営で主導権を握る。まともに戦略を練ることが出来る人々であれば、選択肢に当然入れるはずである(かつての日本維新の会→維新の党の狙いは、本来それではなかったか?)。それに失敗すれば衰退するが、大阪では一定期間はもつだろうし、自民党との間に改めてパイプをつくるか、安倍系の新総理が誕生するのを待つしかない。

公明党の小選挙区における議席は、大阪と兵庫に集中しているわけだが、維新の会が公明党を脅して、同党に自民党との選挙協力やめさせるということは、できるならば素晴らしいが、維新にとって、リスクを採ってやるだけの魅力はない。そこまでのことが起これば、自民党は弱り、自民党と民主党系が対等になるか、維新を含め、3勢力が並び立つかもしれない。政界全体の大再編が起こることも十分あり得る。しかし維新は、国民に国政の選択肢を与えることまで、考える余裕はないのである(それこそ筆者が最重要視することではあるのだが)。

最後に、維新の会が今持っている最強のカードは何かと言えば、もちろん橋下徹の政界復帰である、同時に、あるいはそれが無理なら、東国原元宮崎県知事の復帰もあり得る。彼らは政治家としての能力も確かにあるが、左派野党が恐れるべきは、その口の達者さ、発信力である。裏返せば、それを身に付ければ負けないということである。そういう「けんか」に注目が集まれば、もしかすると自民党すら埋没するかも知れない。それでも自民党が漁夫の利を得ないとは言えないが、単に共倒れするよりはましだし、論争に勝利すれば、左派野党と維新のどちらか一方の議席が、大幅に拡大する。

これは十分にあり得ることなのだから、左派野党は鍛えるべきだし、若手を押さえつけるばかりではなく(青臭いことばかり言っていても前に進めないということも少なくはない以上、それも時に必要にはなるが)、育つような機会を与えるべきだ。論争する自信が左派野党にないというのなら、それは能力の問題(だけ)ではなく、維新側の主張を正しいと考えているからではないだろうか。論争をするのなら、そこは賛意を示さないと、必ずちぐはぐになって負けてしまう。こういったこととも左派野党は向き合い、整理しなければいけない。

橋下の強さは、おそらく立憲民主党まるごととでも、組む時は組むことだ。いくつかの自信のある選択肢を持ち得る人物なのである。であれば警戒ばかりせず、腹を割って話すことも必要だ。

なお、小池都知事の支持がコロナ禍の影響で回復しているようだが、それを踏まえ、維新と小池・都民ファースト、そして場合によっては国民民主党の一部や希望の党との、協力体制の再構築ということも考えられる。これも、民主党系(特に立憲民主党)の票を削るという意味では脅威である。

ただし橋下か東国原が復活する場合、小池と仲良くやっていくのは難しいだろう。かつての渡辺喜美、石原慎太郎、江田憲司の場合と同じようになると想像する。これこそスター政治家に頼らざるを得ない、第3極の新党の最大の弱点である。そして、橋下のいない維新と小池の連携は、そこまで魅力的なものではないし(彼らには嫌われる要素もあり、橋下のようにそれをカバーする話術はない)、長続きするかもやはり不透明であるから、一時的に被害をこうむることがあっても、左派野党は耐えるべきだ。