維新の会は自民党に逆らえるか

検察庁法改正案の例を見ても分かるように、維新の会は政権交代が不可能だと考え、いや最初から自民党に対抗する気などなく、自らの政策を少しでも実現するために、自民党を守ろうとしている(それで成功して野党第1党にまでなったら、今度は自民党のライバルになるつもりかも知れないが、今のところその目処は立っておらず、途方もない時間がかかると予想される。そして時間がかかること自体が、さらなる新党の登場を促したりして、維新の党勢拡大に響く)。

そんな維新だから、総選挙では他の野党に候補をぶつけて、自民党を守る覚悟だろう(候補者を立てれば、その候補者が当選しなくても、比例票の上積みにつながるから、一石二鳥だ)。理念よりも目先の成果を得るため、そして同時に感情的にも、自民党と必要以上に近いのではないかと思う。利益団体や地域政党、少数派を代表するための政党、無所属の首長であれば良いが、野党第1党にもなり得る、かつ、なろうとする姿勢を見せている国政政党が、そうであってはさすがに困る。

民主党系は安倍内閣の批判ばかりしていると、維新の会は批判する。しかし自民党政権の問題点を追及することも重要である。維新の会の支持だって、自民党ではだめだと考えられたときに上がるのである。それが1党優位制というものだ。そして自民党のままではだめだと認識させているのは何かと言えば、維新の会が嫌いな左派野党の追及である。たしかに維新の会も、自民党政権の問題点を指摘している。しかし報道はほとんどされない(大阪では別なのかも知れないが)。インターネットの時代だとは言っても、まだまだテレビの影響力の方が大きい。そのテレビが取り上げるのは、左派野党の派手な反対、追及である。それを受けて自民党を離れる支持を、「自分たちは左派野党のように反対ばかり、追及ばかりではないよ」と誇る、維新の会も吸収するのである。これはある意味フリーライダー(他者の負担によって実現したことの恩恵を、負担なしに受ける)だ。

維新の会は、自党を自民党に対して是々非々の立場であるとするが、筆者の印象は、是々非々というより、取引きだ。維新が自民党を助ける。自民党は改憲に必要な3分の2に届いていない。それ以外については十分な議席があると言えるが、「全野党が反対しているわけではなく、維新の会のような「きちんとした野党」は賛成している、互いに譲歩できた」と、宣伝することができる。そしてそのかわり、自民党が大阪に関することで、維新の会の希望を叶える。それだけではない。維新の会の姿勢はこうだ。

①:自民党が強い状況がある。

②:それは1回の選挙では変わらない

③:仮に政権交代が起こったとしても、民主党系へのそれでは、維新の会の政策はもっと実現しなくなる(維新の会は民主党系よりも自民党を評価しているから、民主党政権に協力したくないということも、当然ある)。

④:以上より、自民党政権の法案に賛成する代わりに、その一部を変えて、維新の会の目指す形に少しでも近づける(実現するのが一部だけであっても、自民党内の維新と関係の良い勢力が、維新を持ち上げてくれて、維新は評価され得る)。ただしこれは難しく、今のところ法案の修正ではなく、法的拘束力のない附帯決議をつけることで、妥協に至るケースが多い。あるいは、反対することで支持者に評価されるようなケースであれば、反対する。

維新が自民党寄りの立場であり続けても、かつての社会党、新党さきがけ、自由党、保守党~保守新党、改革クラブ~新党改革、次世代の党~日本のこころのように、自民党に利用されて終わるのではないだろうか。

2000年、連立離脱をちらつかせて自民党をしつこく揺さぶるやり方に反対であった、あるいは単に自民党に切り崩された議員達は、自由党を離党して保守党を結成した(自由党の全所属議員の過半数であった)。この保守党はさらに、民主党離党者と合流して保守新党となった。この背後には、自民党側による民主党分断工作があったと考えられる(保守党が自民党の了解を得ずに動いたとは考えられないから、自民党も、少なくとも賛成はしたはずだ)。しかしこの保守党系は、自民党にまともに選挙協力もしてもらえず、選挙で大敗を繰り返し、自民党に吸収された(二階俊博は奇跡的に、中曽根派の系譜の長となったが)。

自自連立では参議院の過半数には届かないことから、自民党は当初から公明党を狙っていた。しかし自民党と公明党とは、非自民連立の成立以来、明確に敵と味方に分かれていた。それ以前も、自民党が与党で公明党が野党であったが、少なくない地方議会で協力関係にあったし(それを言うなら社会党もだが、社会党は公明党よりも左であったし、国政では自民党のライバルであったから、自公の接近とは性質が異なる)、自民党vs社公民から、自公民vs社会党という構図になりつつあるようにも見えていた(「民」は民社党)。しかし1993年、公明党は与党、自民党は野党になった。この立場は1994年にも元通りに逆転したが、公明党は同年末、自民党に代わって政権を担おうとする、「新進党」の一部になった。それまでの「公明党」と、1995年の参院選で自民党を上回る比例票を得た「新進党」とでは、話が違った。野党に転落したこと、再び野党に転落する恐怖に苦しむ自民党は、政教分離の問題で、公明党系を攻撃した。

このこと、そして自公連立ではイメージが悪いことから、自民党は、クッションとして自由党を利用したのであった(公明党にとっても、それは同様であった)。自由党(小沢一郎)のようにはうるさくない、公明党を取ったという面もあると言える(自民党を離党しただけでなく、野党に転落させた小沢に対する反発はもちろん、自民党内にあった。しかし自民党は何でもありだし、党内に、権力闘争の面から、あるいは社会党~民主党よりも政策が近かったことから、小沢との連立を目指す、保保派が形成されていた。また自社さ派も社民党や民主党をあてにできなくなったことから、変化を見せていた。自社さ派の中心となっていた小渕派は、元竹下派であり、その後継争いによって小沢ら【羽田・小沢派→新生党】と、【小渕派→橋本派】に分裂していたのであった。だから遺恨もあったが、小さくなった竹下派→小渕派と自由党が組めば、かつての巨大な竹下派を再興できるという面もあった)。

維新の会も、このような歴史は知っているだろう。彼らには大阪という基盤がある。これは小沢の基盤である岩手県よりもはるかに大きい。宗教団体という強い支持基盤がある公明党は、利用されつつも生き残っている。だから自分達もと、考えているのかもしれない。しかし自民党の連立相手は所詮、自民党内の力関係に左右されてしまう。自民党内で、自民党と維新の会の連携に反発する議員(例えば安倍や菅義偉に反感を持っている議員はそうなり得る)が主導権を握るような変化が起これば、同じく維新の会を良く思わない立憲民主党と、反維新・反安倍・反新自由主義連立ができることも考えられるのである。近く改めて述べるが、それは「自社さ派の再来」である。

自社さの再来(自民・立憲連立)、維新の会をポイ捨て、というところまではいかなくても、自民党と維新の会の距離が少しでも開けば、大阪において、政権(=万年与党)とのパイプが重要だからと、自民党が盛り返すかも知れない。宗教と違って、維新の基盤は決して完ぺきではない(創価学会=公明党も、支持者=信者の高齢化によって衰退するであろうが、信仰を捨てる人は多くはないし、政治信条そのものに比して、信仰は次の世代に受け継がれやすいだろうから、かなり持ちこたえると予想する)。

ある宗教を信じる人を他の宗教に勧誘しても、簡単にはなびかない。しかし維新とは別の形で愛郷心を刺激し、また満たす勢力が現れれば、維新に票を入れている人々の多くが、そちらになびくかも知れない。そもそも維新には、日本を外資に売ろうとしているという批判もある。それは単純化のし過ぎというものだと思うし、維新がそれとは法案(国家安全保障上重要な土地等に係る取引等の規制等に関する法律案)を提出している。しかし火のないところに煙は立たないということも、ないわけではない。効率重視で行くか、外資導入に慎重になるか、主要政党は全て明確にしておくべきだ(みなが同じ立場になれば、もう一方が、小党やまだ見ぬ新党に反映されるかも知れない)。

自民党との間の溝が広がってから、維新が急に自民党と距離を置いたとしても、2000年の自由党のように、半分に裂かれるような目に遭うだろう。「歴史は必ず繰り返す」とまでは言えないが、自民党を甘く見てはいけない。正面から対決するよりも、ちょうど良い間合いを取ろうとすること、接近することの方が危険だということがある。

いずれにせよ、「ピンチになれば自民党と組めばいい」、「大阪があるからいい」というのでは、全国的には通用しない。

 

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