ブームという矮小化現象

起こり得る、「保革連立」の再来

前節(「起こり得る、「保革連立」の再来」)で示した過程において問題なのは、新自由主義の是非や取り入れ方という対立軸が、単なる改革ブームと「抵抗勢力バッシング」に矮小化されたことである。それも改革の中心は、まずは選挙制度であった。

筆者は政党交付金(政党助成制度)には賛成だが(改めて述べる)、制度を変えるだけでは問題は解決されない。政治家と国民、特に政治家と結びつきの強い国民の、意識が変わる必要があった。確かに小選挙区制への変更は、有権者の考え方、投票行動に一定の変化を及ぼしたが、自民党の癒着、利益誘導政治、建設業を通した経済の活性化(効果が疑問視されるようになっている)も、結局あまり変わっていないように見える。

そのような自民党の、公共事業等による「地域間の平等」と、特に安全保障について非現的であったことで不振に陥った社会党の、「階級間の平等」。この区別と、新たな時代に適した変化の仕方が、「守旧派」批判に覆われて明確にされなかった。整理すらされなかった。

その挙句、目立つ杭(くい)が、政界総出で打たれただけで終わった観がある。その「杭」はむしろ、彼が否定していた社民系に流れた(小沢一郎のことである。小沢の元を離れた二階俊博については、昔に戻ったのかさえ、不明瞭である)。

当時学生であった筆者は、自民党の離党者、特に自民党の中心にいた議員達が、非自民内閣の中心にになったことに強烈な違和感を覚え、自民1強に否定的でありながら、自社さ連立政権の誕生を喜んだ。しかし今考えると、そのような非自民連立も、繰り返されるものでなければ、一つの過程としては必要であったことが分かる。

自社さ連立も、良いものではなかった。問題にふたをしただけではなく、「なんとなく改革が正義」という流れを点検せず、思考停止に一役買った。改革は重要であったが、どのような国を目指すのかという議論が足りなかった。そして古い自民党政治を本気で改めるつもりもなかった。形にばかりとらわれた、雰囲気ばかりの改革熱の中、消費税増税反対は単なるポピュリズム(改革すれば増税は不要だというのは、後の民主党政権が見事に失敗している)、消費税増税賛成も、国民の負担増が避けられないことを正直に言うという、ポピュリズムに過ぎなかった(この点は最近、少し変わってきていると感じるが、まだまだだ)。そして法人税はどんどん下がり、消費税は福祉のためではなく、法人税の穴埋めのための税ではないかとすら、言われるようになっている。

結局、自民党は短期間で元通り強くなった。対立軸がないのだから、もともと強い者が勝つ。残念だが無理もない。社会党に代わる野党第1党となった新進党(新生党、公明党、民社党、日本新党等が合流)は、結成から2年後の総選挙で、社会党から生まれた民主党と、共倒れをした(小選挙区比例代表並立制で初めての、1996年の総選挙)。再挑戦できないほどの敗け方ではなかったが、自民党が相変わらず強いということがはっきりすれば、新進党内の自民党出身者も公明党も、自民党の側に行きたくなる。新進党はバラバラになり、民主党が野党第1党となった。その後、本当に不利な中で、自民党側に行かない新進党出身者を吸収した民主党が、奇跡的に政権を得たものの、政権担当能力も足りず、国民のそれについての理解も足りず、自民党優位の傾向が逆に強化された。

筆者は自民党の利益誘導政治を批判しているが、配分する資源が潤沢にない状況でこのように自民党が強すぎると、政治によって明確に利益を得られる人も大きく減って、超上層の資本家、経営者、自民党の要人とその周辺だけの「癒着」となり、他の人々はただ、「唯一の選択肢」に何かを求め、期待するしかない、冷遇された状態になる。規制緩和は必要だし、聞こえもいいが、要は「分け合うカネがないから支出を削って、激しくなる自由競争の、勝者だけでよろしくやろう」ということである。いやしかし、世襲議員や世襲の経営者は「自由競争の勝者」と言えるだろうか。