立憲民主党に足りないのは、やはり議論

安倍内閣の国会嫌いは困ったもので、臨時国会を求められても開会せず(憲法違反の疑いが強い-『政権交代論』「民主党→民進党よ対案を掲げよ!と簡単に言うな」参照-)、野党は追求すらままならない状況だ。平たく言えば、安倍総理は野党がケンカ腰では嫌なのだ。それも分からないではないし、総理大臣が国会に縛られることには問題があるが、総選挙の時に総理が討論を避けることはめずらしくない(都知事選において、コロナを理由に断った小池都知事にも、その疑いはある)。優位政党がそれではあまりに情けない。

優位政党が存在するせいで、【激しい追及があって初めてバランスが取れる】という状態になっている(筆者はそう考えている)。政策論争だけが正しいのだと、みんなが内閣・与党の「多少のこと」に目をつぶって忘れることが、腐敗の深刻化、独裁政治への道を整えることになる。少々大げさに聞こえるかもしれないが、警戒し過ぎるということはない。民主主義とは、国民に守る気がなければ、すぐ消えてしまうものだということは、歴史を思い出せば、また世界に目を向ければ、よく分かることではないか。中国に侵略される危険、中国と戦争になる危険と共に、中国のような自由のない国になる危険もあるという言い方をここで、改めてしておきたい。

ただし、野党にもっと見せ場が必要だと言うのなら、それは自分達でも(可能なら他党も呼んで)、熱い討論会をやるべきだ(発表や会見だけではだめだ)。それをやれば多くの国民が興味を持つだろう。それに一役買うような、ゲストを呼んだっていい。

野党で重要なのは、合流するかどうかではなく、国民、国家のことを考えていることが伝わるような、活発な議論だ。互いに敬意を持ち、国民にも意見を求める。多くの国民を引き付けなければ、選挙だけうまく戦ったところで、議席の変動は小さい。それにただの合流であっては、過去の繰り返しだ。政策も合流も、(複数の)プランを示して、議論とリンクする形で、さらに練り上げれば良い。

自民党に対抗できる政党の必要性が特に高まっているし、立憲民主党中心の再編は、実現してほしい。それも過去の繰り返しとは違う形で。一応まだ注目されてはいるのだから、再編はチャンスである。それなのに、国民を引き付ける議論も、希望の持てる明るさもない。コロナ禍とはいえ、これはあまりに残念なことである。