これまでの再統一への歩み

ここで、民主党系再統一の動きについて、簡単に整理しておきたい。最初は希望の党の方が前向きであった。

結局は衆議院議員の移籍にとどまった、希望の党への合流による民進党の分裂(希望の党への移動は、総選挙が迫っていたため、とりあえず衆議院議員のみとなり、参議院議員と、無所属で出馬する衆議院議員・候補は民進党に残留した。そしてそれとは別に、希望の党に入れてもらえない、入りたくない議員が、民進党を離党して立憲民主党を結成)、そして総選挙からそう時を置かず、2017年内にも民進党の残部は、希望の党の不振を見て、あるいは希望の党に反感を持っていたため、合流を中止した。その後参議院議員を中心とする民進党残部が、旧民進党系による統一会派の結成を呼びかけた。政党や会派の離合集散を否定していた立憲民主党と違って、希望の党はこれに応じた(立憲民主党は、議員が個々に合流して来ることしか認めない方針であった)。無所属の会(無所属で出馬し、民進党に残留していた衆議院議員)は、旧民進党系の再統一を唱えてはいたが、排除した側の希望の党への参加者よりも、立憲民主党に好感を持っており、立憲民主党抜きでの会派合流に反対した。それでも民進党と希望の党の合流の話は進んだ(双方が合流すれば、左派の議員が少し抜けても、衆参の合計では、衆議院第2党の立憲民主党を上回るという、計算もあったのだろう)。

希望の党では、民進党出身でない議員達が会派合流にも反対し、分党することになった。非民進党系が衆参5人で新たに希望の党を(うち2人は日本のこころ出身、2人はみんなの党出身だが、さかのぼれば民主党の議員であった)、他の民進党出身者が国民党を結成した。ただし民進党出身者には、無所属となって自民党入りを目指す議員、同様に立憲民主党入りしようとする議員がいた。一方民進党では、立憲抜きの会派合流を批判するなどして、立憲民主党に移る参議院議員が続出し、無所属の会の衆議院議員達も多くが離党した。

このように、合流に参加しない議員達が抜けたことで、民進と希望の合流そのものは実現したが、立憲民主党を上回る勢力にはならなかった。

補足すると、希望の党には、総選挙を前に民進党から多くの参加があったが、選挙まで2年近くあった参議院では3議席しかなく、3人とも新たな希望の党の結成に参加した。一方で民進党は、衆議院議員(会派は無所属の会)の多くが離党したから、民進党と希望の党の合流は、【衆議院党である希望の党→国民党】と、【参議院党である民進党】が合流する、というようなものになった。

こうして誕生した国民民主党(正確には国民党を吸収した民進党が改称)は、衆議院では立憲民主党より少なく、参議院では同党より多かった。そして両院の合計では、立憲民主党より少なかった。国民民主党に参加しなかった民進党系の議員は、一部が自民党(の会派)に入り、多くは立憲民主党(の会派)に加わった。だが、どちらにも参加しない無所属の会の議員もいて、彼らは民進党出身の無所属議員を加え、社会保障を立て直す国民会議という会派を結成した。

参議院では1議席から始まった立憲民主党だが、入党、会派入りが続出し、ついに同院でも国民民主党と肩を並べた。国民民主党は自由党を吸収、立憲民主党は社民党と統一会派を組んで野党第1会派、野党第1党の地位を競った。

しかし国民民主党の支持率は1%程度で、低迷は明らかであった。2019年の参院選では、立憲民主党も野党第1党としては全く振るわなかったが、改選議員が少なかったため、議席増となり、国民民主党は組織票(連合の旧同盟系)の力で少し議席を得て、無所属で当選した議員を加えることで、勢力のさらなる縮小だけはなんとか回避した。

この参院選で潮目は変わった。本当は国民民主党が古い民主党で、立憲民主党が生まれ変わった民主党であったはずが、逆転して見えだしたのだ。

民進党の分裂後は、かつて民進党右派の離党が続いていたこと、希望の党がごたごたしたことなどから(急に小池百合子にすり寄り、小池人気がなくなると、手のひらを反すように小池を批判しだす議員も少なくなかった)、右派を民主党→民進党の党内不一致の要因とする見方があった。それに、かつての民主党分裂は小沢らの動きによるもので、その小沢が合流したのが、右派の多い国民民主党であった。党内ガバナンスがしっかりしていたのは立憲民主党のほうであった。ただしその背景には、総選挙での躍進と当初支持率が比較的高かったこともあった。だが立憲民主党は立憲民主党で、民主党政権の要人が中心であり、無所属で当選していた要人達(国民民主党への改称を機に離党)も肩入れをしていたし、代表選の規定すらなかったから、「立憲も希望もどっちもどっちだ」と見られるリスクは、実は最初からあった。それに与党であった時の民主党は小沢に揺さぶられたが、急に消費税増税、TPP推進に転じなければ、そのようなことはなかったと考えられる。その転換は、当時のベテラン議員によってなされており、その多くは今、立憲民主党(の側)にいる。

立憲民主党、国民民主党の双方にとって、イメージに気を付けつつ影響力も持つというのは、難しいことであった。玉木希望の党→国民民主党代表は、インターネットにおける発信などで、政策重視の姿勢、内外に耳を傾ける柔軟さ、気さくさを、一生懸命さをアピールした。これをやたらと持ち上げているのは、主に左派壊滅を望む人々であるようだが(そうでなければ支持率がもう少し上がっているはずだ)、【国民民主党の問題は知名度の低さに限られ、知れば好感を持てる政党】という評価が、少しずつだが広がりだしているように感じる。それは、すでに広がってきている、立憲民主党を【やっぱり反対・追及ばかりの困った人達】だとする見方と相性が良い。

もっとも、参院選における立憲民主党の不振には、党に対する評価以上に、選挙戦略に優れたベテランが少なかったことによる、選挙戦術の問題もあったと考えられる。一方で、比例票はれいわ新選組にかなり取られているようだ。「自民党政権の反対ばかり」という見方とは別に、立憲のあるべき姿をれいわに見る人々もまた、少なからずいた(いる)と考えられる。

自民党が微減とはいえ、参院選で過半数を割ったこと(単独で過半数を上回る政党はここ30年以上、ほとんど存在したことがなかったが)、自公維の「改憲勢力」で3分の2に届かなかったこと(他に改憲派の議員はいても、公明党が実は消極的だから評価は難しい)によって、国民民主党の重要性が増した。実際、国民民主党には自民党の手が伸びていたようだ。このこと、そして国民民主党の中に、議席を増やした維新の会と組んで、野党第1会派の奪還を狙う参議院議員がいたことから、立憲民主党は同党を抑え込むため、同党に会派の合流を求めざるを得なくなった。誘う側と誘われる側が、入れかわったのだ。国民民主党は以前よりも少しだけ、有利な立場になった。

こうして2019年の9月、会派の合流は実現し、立憲は自党の会派への参加を求めていたが、国民民主党が求める対等な統一会派というイメージに近いものとなった。そして2020年1月、立憲民主党が国民民主党に合流を呼びかけたものの、国民民主党が消極的であったこと、総選挙が少し先になると見られたことから実現しなかった(後者はおかしなことで、国民民主党の玉木代表がそのような発言をしたことについては、筆者は問題だと思う)。

立憲民主党が、自らに吸収しようとする姿勢こそ保ちながらも、丸ごとの合流に転換した背景には、上で述べたことの他、民進党をあくまでも離党してきたのであったため、資金力に乏しかったこともあると考えられる(民進党に希望の党→国民党が合流したものである国民民主党が、民進党の資金を引き継いでいた)。国民民主党が合流を拒んだのは、もちろん劣位に立たされていることへの不満もあるが、立憲の横柄とすら言える姿勢によるところも大きい。

それでも立憲民主党は、2020年7月に再度、合流を働きかけた。そして【国民民主党と共に解党して、新党として立憲民主党を結成する】というところまで譲歩した(略称は、国民民主党が新党名にしようとしていた民主党)、さらに最終的には、国民民主党が求めた、党名も投票で決めるというところまで譲った。

しかし、今度は、国民民主党の玉木代表が急に政策の一致を求めたことで、話は難航した。これは正論ではあるが、状況を考えれば、【合流して分化しにくい形にしてから政策をまとめる】というのでも、仕方がないと筆者は思った。もともとは一つの党であったのだから、まとまるはずなのだが、希望の党騒動によって、右派が、憲法・国防について民主党→民進党が左傾化していたことに関して、不満を口にしやすくなっており、立憲は立憲で、右派の労組がついていた民進党時代には難しかった、原発ゼロの方針の強化に踏み切っている。また玉木は、コロナ禍を受けた消費税率の期間限定の引き下げを唱えており、これには枝野が慎重である(枝野は揺れているようにも見えるが、少なくとも安易には打ち出さない姿勢をとっている)。

どうであれ、玉木の要求は、報道通りであればあまりに急であった。合流した後の代表になるのが難しかったことから、国民民主党代表の地位を守りたいだけだという見方がある(もちろんその代表だからこそ、良いことができるということもあるが)。

筆者は合流について、してもしなくても良いと考えているが、対等合併にこだわって、合流に反対するのは愚かだと思う。理想が違うのなら仕方ないが、国民民主党が自民党と組んでも、または維新の会と組んでも、選挙は自民党が有利になる。自民党のライバルであった政党が1党制への道を歩むというのか。それだけは避けるべきである。国民民主党の政策だって、それでは実現しないだろう。玉木代表の明るさと柔軟さは、強い第2党ができれば輝くはずである。この点では立憲民主党も試されているのだと言える。玉木にどう合流を受け入れさせ、どう活かすのかということだ。恐れて力を削ごうとするなら、幻滅する。

何か理由があるのかも知れないが、あるいは単に希望の党騒動の遺恨なのか、立憲民主党出身の赤松衆議員副議長(社会党出身者を中心とした派閥のトップ)が玉木国民民主党について、合流後、代表代行にして、「ちょっと横に置くくらい」としたのは、副議長という立場を別としてもなお、立憲が合流を働きかけている以上、いくら玉木がずっと後輩であっても、失礼過ぎると思う。同時に、国民民主党系に要職を与えるべきではないとしていたから、立憲民主党に吸収されることを受け入れようとする議員達にすら、反感を持たれるのではないだろうか。合流にマイナスなだけではなく、両党の溝を広げる発言であった。合流に反対の支持者へのアピールやガス抜きを狙ったのだとしても、一般的には立憲民主党のイメージダウンになるはずだ。党名や脱原発などの政策について譲ってはいけないとしているが、ポストの話をすれば、前者(党名について)ばかりが印象に残り、政策重視の姿勢は伝わらない。

ところで、国民民主党(の一部)は対等合併にこだわっているが、そもそも、民進党の希望の党への「合流」は対等だったのか。もちろんそんなはずがない。それを問題にしなかったということは、保守になら飲み込まれても良いということなのか。左派を下に見ているということか。支持率がずっと1%程度であるのは、そもそもは、希望の党になりふり構わず合流したことに起因しているのだろう(「小池が立ち上げた希望の党」は、失速はしても、ある程度支持されていた)。それに加え、また民進党に戻るようなことをするのか、という軽蔑だ。筆者が部外者だから言うのだが(関係者が言うべきではない)、国民民主党の、希望の党を経ている議員達は多少の負い目を感じても良い。それともだからこそ、「今度は流されずに対等合併を! 条件をのませた上での合併を!」ということなのか。しかし双方が「支持率1%のくせに」、「左派のくせに」、「小池にホイホイついて行ったくせに」と、互いに見下していては話にならない。

2017年の総選挙において、立憲民主党は、希望の党内の、民進党出身者に対立候補をぶつけなかった。そうする余力がなかったという面もあるが、擁立しない意思を表明しており、筆者はそれを評価している。一方で希望の党は、民進党の左派と他の要人(三権の長の経験者には公認申請、つまり参加を遠慮して欲しいということを、細野豪志が明言した)を排除する方針を示しただけでなく、立憲民主党には容赦なく対立候補をぶつけた(民進党の、無所属で出馬した前議員達には立てなかったが、それは彼らの多くが、選挙に強く、希望の党が候補者を擁立したところで、全く当選が見込めなかったため、また、小池の足元の東京をはじめとする大都市からは、離れた選挙区の議員が多かったため、そして彼らの多くが-一応は-保守系であったためだと考えられる)。

これは小池都知事の方針だが、それに抵抗できなかった、あるいは抵抗しようともしなかったのが、民進党出身者だ。当時の力関係を考えれば抵抗できなくて当然だが、それでも情けないことだとは言えるし、小池という「外圧」を利用して、自分達にできなかった、民進党の右傾化を進めようとしたのなら、それが仮に良いことであるとしても、やはり情けないことである(右傾化が安全保障に限定されるものなら、筆者は評価したい気持ちにもなるが、それが平和主義という理念自体を、能天気な考えだと軽視することがあっては、特に左派政党としては許されないとも思う。また、当時の希望の党は、人気が出そうな公約を掲げているだけで、実際どんな政党なのか、まだよく分からなかった。小池百合子は社民系にも、社民系になり得るようにも見えないから、希望の党への参加は、自己否定に近いものであったと思う)。それで議席を減らし(57→50)、立憲(15→55)の後塵を拝したのだから、立憲民主党を横柄だ、思い上がっているなどとは言えない。

ほぼ全員が民進党に残る形となった参議院も、多くが思考停止状態であったようだから、あまり大きなことは言えない。それに唯一民進党を離党して立憲民主党に参加していた福山哲郎に、参議院の民進党は会派離脱を求めた。このため、当初は立憲唯一の参院議員であった福山は、無所属扱いとなった(国会では一人の会派は認められていない)。民進党が立憲民主党に理解があったとは、言い難いのだ。

筆者は野党の共倒れを愚かだと考えるが、小池はそもそも立憲より自民党と近かったと見られるし(理念や政策が違って自民党を離党したのではなく、都知事選に出たくて、自民党の一部ともめたに過ぎない)、東京を足掛かりとしていたのだから、首都圏において立憲民主党とも戦う方針を採ったのは自然なことであった。やはり情けないのは、裏切ったと言えるのは、それに従った民進党の議員達だということになる。それまで、いやいや安保等に関する左傾化路線に従っていたのなら、彼らを一方的に攻めるのもかわいそうではあるし、「裏切り」については、選挙後に自民党側に寝返るようなことをするよりはましではあるのだが(しかし細野や長島昭久はちゃっかり自民党入りしている―細野はまだ会派のみ―)。

枝野立憲民主党代表が、玉木国民民主党代表による党首会談の呼びかけに応じなかったことについては、あまりに横柄だという印象を、筆者は持った。しかし理由はあるのだろうと思う。対等合併にこだわり、そうでないなら合流したくない(対等合併が無理そうなので合流する意欲を失い、他の政党との連携に傾いている可能性がある)玉木代表に利用されること、一致できない時のイメージダウン(まとまることもできないのかと言われる。あるいは無理な合流、良くない合流だと、国民に認識される)が考えられる。枝野のその姿勢が、合流新党の支持率、規模を小さくするなら問題だ。しかしそういったことがあるだろうか。はっきりすることで失う議席、支持もあるが、後で右往左往するよりも、落ち着いて、なるべく毅然としているほうが、トータルではプラスだと、枝野立憲民主党代表は踏んだのだろう。対等合併に否定的なのもそのためだろう(これまでの立憲民主党野歩みを大事にする方が、しっかりした大政党をつくれると考えているのだろう)。

しかしやはり見栄えは良くない。公開で党首会談をして、民主党系議員と一般の国民を引き付けるような力を持っていなければ、枝野もいずれ行き詰まるはずだ。

一方でやはり、急に条件を増やした玉木もおかしい。その条件(投票による透明の決定や、政策のある程度の一致という以前からの首長に含まれるとはいえ、新型コロナ対応でもあるとは言っても、消費税の一定期間の引き下げ)がおかしなものでは全くなかったとしても、おそらく後から言いだしたのであり、そうであればアンフェアであったと言える。遅くても2020年の1月時点で、何について一致できなければ合流はしないと、明確に打ち出すべきであったのに、少なくとも外から見る限りあいまいで、ただ総選挙が遠のきそうだからと、気が向かない合流の話を先送りにしたようにしか見えなかった。

特に、共産党という相手のあることについては大問題だ。民進党残部が合流を持ちかけた時、立憲が合流を持ちかけた時、少なくとも表向きには、玉木は共産党排除を「条件」とはしていないはずだ(筆者が確認していないだけだろうか)。希望の党に合流した時点ですでに、民進党時代から可能な限りすみ分けをすることとしていたはずの、共産党を裏切っていることは、忘れるべきではない(共産党との協力は、2015年の安保法案反対で始まったが、その安保法案を肯定する立場であり、共産党と協力するはずのない小池百合子の党に入ったことは、裏切り以外の何物でもない。それはもちろん、共産党側が先に小池百合子と組めないことを明言していたとしても―筆者はどちらが先か確かめていないが―、変わるものではない)。

この点では、民主党と同じく、党として選挙を戦わず、候補者を希望の党から出馬させることにした自由党も同罪である。自由党も小沢代表らは無所属で、また一部は立憲民主党から、出馬をしている。小沢はかつて(新生党・日本新党→新進党→自由党時代)師弟関係であったと言える小池を、担ぐことに積極的であったようだ(しかし小沢も排除されてしまったようだ)。そうであれば、小沢の左傾化とは自民党を倒すための、手段でしかなかったということになる。

筆者は、合流までするのでもなければ、共産党との協力など、全く問題はないと考える。2009年の政権交代は、共産党が候補者の擁立を減らしたからだとは思わない。共産党は約半数の選挙区で候補を立てたし、候補を立てなかったのは、共産党が特に弱い線y国であった。各選挙区の獲得票数などを見ても、民主党は共産党の候補者削減なしでも過半数に届いていたと考えられる。しかし2009年は、【自・公vs民・社・国vs共】であり、民主党は左の国民からも政権獲得を期待されていたから、その分共産党は弱くなっていた(社会党~民主党系が期待される時には共産党が振るわなくなり、社会党~民主党系が期待を裏切ると、今度は共産党が伸びるという傾向がある。『政権交代論』「戦後初、総選挙の結果を踏まえた政権交代の問題点」参照)。しかし今は【自・公vs民・国・共・社vs維】である(「国」は前者では国民新党だが、後者では国民民主党であり、全く別物)。これなら、維新が非自民・反自民票を多少なりとも割る一方で、共産党の票を民主党系が得られる。維新と組むのと共産と組むのと、どちらが「得」かということについては、異なる見

方がある。しかしどちらかは敵にせざるを得ない状況である。そして維新は民主党系と組む気がなくなっている。それなのに共産党を切って、【自・公vs民・国・社vs維vs共】とすれば、総選挙は政権を巡るものではなく、弱い野党のつぶし合いにしかならない。

だからこの点について、筆者は小沢に(再び)疑念を持つようになったが、物事はそう単純ではないし、むしろ民主党系の方が、小沢が反対である消費税の引き上げに肯定的であるように見える(小池は人気取りのために消費税の増税に否定的な姿勢を見せたのだろう。新進党時代の小沢と同じだ。もっとも小沢は、自身が消費税を引き上げようとした時とは、状況が変わっていたのだと言うだろうが―)。小池百合子と組めば、国民の生活を重視する政策ができなくなるというわけでは必ずしもない。小池がそもそも、安全保障を除けば、左派的な政策でも、右派的な政策でも、人気が出るならどちらでも良いと考えていると、筆者は見ている。

国民民主党(の一部)が対等合併にこだわるのは、選挙結果、政党支持率、実際の議席数、どれをとっても過大な要求だと言える。元の民進党に戻るのなら、『対等に』というのも分かるが、それを否定する枝野の姿勢は支持されていると言えるし、説得力もある。