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みんなが求める左派政党になれ

社会主義がイコールソ連、イコール中国であるとは言えない。それでも、日本が社会主義国になれば良いと考える人は皆無だろう。しかし、【資本主義・普通の選挙で国政の担い手が決まる民主主義】を認める社会民主主義政党が、(まだ)必要な政党、求められる政党であるのは間違いない。日本だけが「必要のない政党なのだ」とするのもおかしいだろう(「だけ」というのは大げさかもしれないし、最近でこそ、ヨーロッパで社民系の大政党の没落が見られるが、【保守vs社民】は通過点ではあるし、依然としてスタンダードでもある)。

他の国では、社会主義政党の社会民主主義政党への脱皮が成功したのに、日本ではできず、結局いくつもの「第2保守党」ができては消えるようになった。それらには右翼的なものから、中道左派ともし得るようなものまであり、その中でも左寄りであったと言えるさきがけは、リーダーの武村正義はもともと革新首長であり、社会党との合流を目指したが、要人の園田博之、田中秀征らは、そこから逃げた。その後社会党系は、左派の一部と別れたとは言え、ひたすら色を薄めるような合流で社民への脱皮をごまかし、きつい言い方をすれば、そのなれの果てであった民主党は、単なる【労組・人気取り政党】になった。立憲民主党は、かつての失敗の経験から、人気取りにさえ消極的であり、そのせいでよけいに批判ばかりだと見られてしまうところがある。

「立憲民主党と国民民主党による合流新党が、かつての民主党→民進党よりも左の政党になれば、統一しても未来はない」と、悲観する人がいる。しかし筆者はそうではないと思う。確かに頑固すぎてはいけないが、堂々としていることで国民の目は変わってくると思う。自民党という保守政党との、違いが分からないほうがマイナスだ。

反対、追及も重要だが、「違い」というのは、やりたいことの違いでもなければいけない。それが左であって、悪いことはない。安全保障に関しては、左だとこわいところもあるが、理想としては間違ったものではないし、政権を担う場合、非現実的ではいられない。だからむしろ経験が乏しいことの方が問題なのだが、それは引き続き、積んでいくしかないのだ。今の自民党だって、決め手には欠ける状態だ。「やりたいことの違い」が目立たないからこそ、民主党系については、与党時代のマイナスイメージばかりが思い出されるのではないだろうか。

維新は右、立憲は左の純化政党という限界は確かにある。しかし民主党系の場合、それよりもあいまい過ぎることが問題であったと思うのだ。また維新についても、コンセプトは完全に中道・自由主義でありながら、右派ポピュリズム的なものが持ちこまれているように見える。【改革重視なのか伝統重視なのか】など、「あいまい」な面が実はある。立憲も維新も、党のイメージをしっかり安定させたうえで、幅を広げれば良い。核がしっかりとあった上で幅が広がるのは、あいまいになるのとは違う。いわば核となるものを補う、味付けがなされるのだ。そして自民党が一応は保守である以上、左派であるライバルが必要だ。それなら自由主義は、保守か社民のいずれかを補完すればよい。これもヨーロッパのスタンダードだと言える。

今の立憲民主党の小ささでは、悠長にしてはいられない。他に「第2党候補」の政党がないのならば、ある程度ゆっくりと同党を育てられるのだが、維新の会が支持を拡大している中では、早く第2党の立場を盤石にして、弱い野党同士のつぶし合いを防ぐか、あるいは維新を早く第2党にして、その地位を確かなものとしなければならない(筆者は後者には否定的だが)。

民主党が単に「帰って来る」というだけでは期待を集められない。繰り返しとなるが、基本は左派であるべきだ。組織票もなくては勝てないし、風頼みになってしまうから、労組を基盤とする政党であるべきだ。だが労組については、労組そのものが、非正規雇用を含めた被用者全体の組織に、もっとならなければいけない。一つの組織では難しいのなら、連合を2つに分けるのも良いと思う。その場合も、共に被用者のものではある双方が、最低限の協力をしなければ、雇う側の見方である自民党や官僚に各個撃破されてしまう。そして民主党系も労組に頼るばかりではなく、少しでも組織としての独自の力をつけるべきだ。そしてこれらのことと関係はあるが、その上で、一人でも多くの人が、「民主党系は自分の味方だ」と思えるようにすることが、何より重要だ。

社会党は、結成当初アメリカに持ち上げられて、間もなく落とされた(中国等が社会主義化するという世界情勢の変化を受けた、GHQ内のパワーバランスの変化が影響している)。日本の左派政党には、欧米とは異なる時代のめぐりあわせによる限界もあった(『政権交代論』「社会党の不運と中道の限界」参照)。左派野党は戦争の悲惨さ、平和の大切さを唱えつつ、【平和・権力監視】偏重からの脱却も求められる。

ただし、国民も待っているだけではだめで、民主党系を良くしてくれるような、新人や落選中の候補は特に、一人でも多く当選させていかなければ、民主党系が選択肢にならない。民主党系という選択肢が育たない。

国全体が豊かにならなければ個々人の救済にも限界がある。これに取り組むべきは、第一には保守政党だと思うが、左派政党も、政権を担う時、保守政権の経済政策の良い部分は引き継ぎつつ、工夫していくべきだ。そして保守がだめな場合には特に、自分達で国を成長させる政策を実現させるべきだ。これも他国では普通のことである。

保守政党よりも理想と現実の乖離が大きい、中道に支持を広げるのが難しいなど、日本の左派政党のハンデはいくらでも思いつく。しかし、第2保守党もうまくいったためしがない。右翼的な面を見れば国民の多くが引いてしまう。

後述する通り希望もある。それはれいわ新選組の誕生である。れいわは野党らしい野党に見えるが、民主党のように、【先に守りたい議席(社会党とさきがけのそれ)がある中で、それを維持するためにこそ生まれ、育った】というのとは違う。近く改めて述べる。

小選挙区中心の選挙制度になったおかげで、自民と非自民が良い勝負になったという面もある。しかし民主党政権が迷走してからは、「非自民」が【現実的保守・新自由主義的改革保守】と、【非現実的(理想主義の)社民】に、大きく割れてしまっている(維新の党の民主党への合流―民進党の結成―、小池新党失敗によって、2大政党制に戻ってきているようにも見えるが)。維新はもちろん、希望の党も前者であったと考えられる。それは小池百合子が、小泉改革を支えていたこと、細野豪志らが、早くから維新の会やみんなの党との合流を目指していたからだ。しかしそう言ってしまうには、小池・希望は調子が良すぎたところがある。連合(日本労働組合総連合会)と組もうとしたことだけで、新自由主義的ではないとまでは言えない。連合の旧同盟系はかつて、新自由主義の新生党が中心となった新進党についた。希望の党の場合もそれと似ている。旧同盟系は民間の大企業が中心なので、ある程度競争重視でもついていけるのだ。しかし当然、限界はある。(旧総評系の中心である公務員は、一定の競争重視ではダメージを受けないが、左派であること、「民間でできることは民間に」となると、仕事が減ることから、右派の旧同盟系とは考えが違う―昔の民主党にも「なるべく民間に」という面はあったが、彼らが敵としていたのは、主に国のエリート官僚であった―)。

希望の党を乗っ取ったとはいえ、国民民主党は、国防については、現実的であろうとしている。考えてみれば、外交・安全保障(国防)は現実的、というのが欧米の社民系のスタンダードだ(ここ数十年ではさらに、社民系が新自由主義に寄ったことで支持を増やし、やがて減らすという流れ)。国民民主党は欧米のスタンダードな社民系の政党になり得る。

それなら立憲民主党は、左派ポピュリズムにあたるはずなのだが(ヨーロッパでは両者は重なり合う面がある。社民系の最左派の離党者、あるいは共産党が刷新された政党に、左派ポピュリズムの色がある)、実際には、立憲民主党と国民民主党を分けているのは安全保障の問題であり、立憲民主党はれいわよりはもちろん、国民民主党よりも「バラ色の公約」に慎重であると言える。日本ならではの事情が働いているわけだが、だからこそ、それさえ克服すれば左派政党の一致は可能であり、広く大きくまとまることができるはずだ。その努力を強く求めたい。

ただし国防について、民進党と希望の党→国民党が合流した時には、安保法制の違憲部分を改めること、憲法9条に自衛隊について明記しないことで、合意しているようだ。これは護憲政党の姿勢に近い。

ここでで国防について補足する。立憲民主党を現実的で慎重だとしたが、国防については「左派的」で、現実的だとは言えない。普天間基地の辺野古移設に反対している点で非現実的だ。日米がすでに合意していた話を、2009年に総理となった鳩山由紀夫(民主党内閣)がひっくり返そうとして、挫折した。それから10年以上が経って(鳩山の影響で辺野古移設反対の動きが再度盛り上がり、移設が難航している)、またひっくり返そうとするのでは、アメリカが怒っても全く不思議はない。辺野古への移設について、軟弱地盤が見つかったことからも、もっと別の案の方が現実的だとする考えもある。しかし、また候補地を探し、アメリカをわずらわせることになる。旧候補地の建設を受け入れた住民、新候補地の人々にも迷惑がかかる(2009年に候補地となった徳之島の例もある)。

日本人がアメリカ第一で考える必要はもちろんないが、中国の脅威は日々大きくなっており、北朝鮮の核開発も進んでいる。あえて言うが、日本人がアメリカに頼んで国防を助けてもらうか、軍事費の大幅な増加を覚悟して、中国軍(人民解放軍)と日本主導で対峙できるようにするしかない状況である。アメリカと交渉する余地がないわけではないが、立憲民主党の立場を現実的だとは言い難い。

鳩山民主党が沖縄の人々を安易に揺さぶり、苦痛を与えたことは確かである。そして辺野古への移設が、良い事ばかりの案ではないのも確かだ。普天間基地の移設は急務だが、だからといって辺野古の海が汚染されても良いということはない(もちろん中国の方がひどい。南シナ海のサンゴ礁を、基地づくりで破壊している)。民主党の流れを汲む立憲民主党がこれに知らん顔をすれば、あまりに不誠実で、そんな政党に国政を任せたいとはなかなか思えない。立憲民主党(≒民進党の左派)が右派と分立し、明確な左派政党としての期待も集めていた中、その人気の維持、野党共闘の維持のために普天間移設に反対したのなら、沖縄の人々のことを考えれば、どのような立場の人からも、不誠実だと受け取られかねない。もちろんそれだけではないだろうが、今となっては、沖縄の人々の心と向き合う必死の努力を見せ続けなければ、説得力を失う。その点で、非現実的だと言われようとも、沖縄の問題と誠心誠意向き合う政党を、立憲民主党は目指すしかない。

結局求められるのは保守とは違う選択肢だ。そうでないなら、みんなの党、維新の会、希望の党は、もっと支持されていたはずだ。「自民党に代わる、あるいは自民党と渡り合える保守政党が求められている」などと言われることは少なくないが、保守である国民の多くは、結局、自民党を支持するのである。自民党があいまいで保守らしくないというのなら、別の保守ではなく、自民党を変えていくしかないのである。

民主党系は今また、一人でも多く議員を集めるか、統一性を重視するか、決断を迫られているように見える。対案と対決のどちらにするのかという事と一緒に、迫られているように見える。だが、明確な答えを出してはいけない。その偏りこそ問題であり、実際には支持されにくいのだ。どちらについても、【片方ではなく両方とも必要なのであり、両方やっている】というアピールを、工夫してやらなければいけない。絶妙なバランスが必要になる。難しいことだが、それが現実だ。