国民投票法の自・立合意で、国民は試される

話を始める前に、憲法に緊急事態条項を設けることについて、私の立場を述べておきたいと思います。それは【必要ないとまでは言えないが、1党優位の日本では危険すぎる】というものです。かつて悲惨な戦争、敗戦を経験した日本、雰囲気に流されやすい、空気が支配する日本だからこそ、国民の自由を制限すること、政権に強い権限を与えることについては、慎重であるべきだと考えます。政権交代が定着し、単に万年野党が万年与党を批判するのではなく、政権交代という最強のチェック機能が働く国になって初めて、そして国民が現政権の恒久化を嫌うだけの民主主義的なマインドを持って初めて、緊急事態条項を設けるための最低限の安全性を確保したと、言えるのだと思います。

さて、憲法改正のための国民投票法の改正について、自民党が立憲民主党の主張を全面的に受け入れ、法案の提出から3年が経とうとする中、両党は合意に至りました。このことについて確認しなければいけないのは、「受け入れ方」です。仮に内閣・自民党が他党の要望を100%容れたとしても、それが法的拘束力のない、附帯決議(付帯決議)による場合、それは本当に受け入れたことになるでしょうか。

附帯決議は、自民党が譲歩する場合に多用されています。例えば2015年の安保法制の時には、左派野党が「少数のおかしな人たち」に見えるよう、次世代の党、日本を元気にする会、新党日本というミニ政党の要望を附帯決議という形で受け入れ、自公両党と合わせて、5つもの政党が賛成していると、自民党は演出しました(そもそも数で言えば今と同様、自公が野党を圧倒していたわけですが)。

附帯決議が守らなくて良いものだとされているわけではありませんし、法律だっていくらでも、後から改正することができます(それだけの議席があれば)。しかし重要法案について党と党が合意するのに、法的拘束力がない「おまけ」を用いるというのは、軽すぎると思います。政権交代が定着していない、自民党1党優位の日本では、他の政党が影響力を示すには、こんな「軽い」ことくらいしかできないのが現実なのです。

それを踏まえて今回の修正を見ると、まず、附帯決議ではないことについて、評価しなければいけないと考えます。しかし、だから良いということではありません。民主党系はずっと、(右寄りの)安倍内閣期には、改憲に関する議論にすら参加しない姿勢を採り、同時に、カネにものを言わせることができないよう、CMなどの規制を、改憲(案)について国会で議論するための、前提としてきました。今回の修正案は、3年を目途に、それらについて検討し、必要な法制上の措置を講じるという内容です。問題は当然、「講じなかった場合」にどうなるのか、ということです。

これについては、違法になると個人的には思います。ただし、条文には「必要な法制上の措置その他の措置を講ずる」とあるのですが、「必要な措置など何もなかった」として、逃げ切る事は可能でしょう。それを裁くことは、日本の現状を見ればできそうにありません。少し極端なことを言いましたが、より現実的には、わずかに規制をするだけでも、あるいは抜け道をたくさん用意しても、「十分に講じました」と自民党が主張できることが問題です。このように今回の合意は、附帯決議よりは格上だが、守られない危険性はあるというのが現実です。同時に、自分達が与党になった上で定めなければ、そもそも確かなことなどないと言うことも出来ます。

その後、自民党は姿勢をソフトにしようとしていますが、2012年に公表された憲法改正草案は、本当にひどいものでした。それは、国民のためにあるべき国家権力の、悪用や暴走を防ぐためのものであるはずの憲法を、国民を縛るものに変えてしまうような案でした(当時の党首が穏健派と見られる谷垣氏であったにもかかわらず)。保守系にもドン引きする人が続出したような内容です。

今、どんなにきれいごとを聞かされたとしても、安倍・菅両内閣が、その悪しき路線の上にあることを否定することはできません。証拠があまりに多すぎます。だから民主党系は、安倍内閣期には議論にも応じないというような姿勢を、とり続けたのです。それは私にも、幼稚で非民主的に見えはしましたが、それでも支持するしかないと考えてきました。

ところが今回、立憲が国民投票法の改正に同意したというのだから、驚きです。 菅内閣に代わったからだというのは、当然理由になりません。菅総理はずっと安倍内閣の中心部にいた人物ですし、菅内閣を見ても、安倍内閣より民主的には見えません。しかしあまり関心がない人に、「内閣が代わったのにいつまで審議拒否をしているんだ」と思われる危険はあるでしょう。

今回大きかったのは、やはり新型コロナです。このところの状況の深刻化と、国民の一部の緩み(その最大の責任が内閣にあることについて後述します)を見て、強制力のある、緊急事態条項が必要だという主張の、説得力が増しています。この傾向が強まれば、改憲派は「強行採決」をしやすくもなります(国民投票法だけではなく、憲法改正の発議ですら、ギリギリ3分の2を超える数であっても、強行するかもしれません)。

これは本当は不思議なことです。

まず、国民の「緩み」についてです。緩んでいる人、あるいは最初から守る気のない人が多ければ、「自分達は我慢してやっているのに」と、腹を立てる人がでてくるのは当然です。しかし最近の緩みについては、菅総理のリーダシップの無さ、発信力の無さ、そして何より、打つ手の中途半端さが災いしています。一定期間、国民に明確に自粛を求め、営業自粛に関する補償等はもちろん、給付金や、効果が見られた場合の期間の短縮(当初は長めを想定しておく)など、無責任でない形で期待を持たせ、団結して乗り越えようと働きかける。自粛が解除されても気を付けなければいけないからこそ、解除状態とのメリハリをつける。それをうまく説明する。これらのことが少しでもできていれば、もっと多くの国民が、もっと真剣に協力しているはずです。それでも守らない人が多くいれば、その時には考えなければいけませんが、こんな大変な時に改憲までしなくても、ペナルティを課すことはできるはずです。

ワクチン接種の進捗状況が、先進国なのか疑われるレベルにある中、国民を抑えつけることを何より優先する。自分達がダメであることで国民を危険に陥れているにもかかわらず、「国民を抑えつけたい」という欲求を満たすために、その危機を利用する。そんな内閣・与党を支持できるでしょうか。下村博文自民党政調会長の、コロナをチャンスとして捉えるべきだという発言には、怒りを覚えます(コロナ禍が、感染症の拡大を緊急事態条項に含めるための教訓になったと、仮に素直に受け取るとしても)。

今の状況を見て改憲を支持することに、どれだけの危険が潜んでいるか、考えなければいけません。もちろん中国等、外部の脅威から身を守るために、以前から改憲が重要だと考えているという人も多くいるでしょう。それには私も賛成します。日本人の決意を示すことにもなるからです。しかし外部の脅威と同じだけ、内側の脅威にも注意を払わなければ、民主主義は守れません。日本は政権交代すら定着していない国なのです。

国民を説得できない野党も力不足です。しかし自民党が、きれいごとを並べて強硬策に打って出たとして、野党が徹底抗戦でそれに応じる場合、どうなるでしょうか。双方が支持を減らすと予想します。しかしその後は、政権を担っているだけに目立つことができる、自民党だけが支持を回復します。これまでそんなパターンが繰り返されています。さらに最近は、政権に批判的な報道が縮小しています。反対を貫けば当然、野党の主張は全く反映されません。その上選挙でも負けるとなると、日本はずっとずっと、一党支配を抜け出せません。立憲民主党がそれを回避しようとして、何か不思議があるでしょうか。

これは左派政党を支持する人に考えて頂きたいことです。このような状況を抜きにすれば、私はCM等の大幅な規制を具体的に定めるのが最優先だと、本当は考えます(そんなに時間がかかる事ではないと思います)。

どうであれ、「悪しき改正」を止める機会はこれから何度もやってきます。改憲に慎重な野党が総選挙で3分の1を上回るだけで(議席上)、危険な改憲は止められます(私は護憲派ではありませんが)。さかのぼって見れば、今までの社会党、民主党系にも大きな責任はあります。しかし国民が今しっかりしなければ、国民が自分で自分の首を絞める、弁解の余地のない話になると考えます。

最後にもう一つ、自民党が左派野党を孤立させて強引に話を進めないことだけは、様々な理由が思い浮かぶものの、評価できます。連立を組むわけでもない、野党第1党以外の中小政党を利用するのは、不誠実です。55年体制の国対政治が復活していると批判されても、第1党が第2党と向き合うことに、意味はあるはずです。そのためには立憲が、「自分のほうが維新よりも自民党に重要視されている」などと、喜ぶことは許されません。まさかないとは思いますが。