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日本とは違う、小選挙区制の例

選挙制度を変える場合、今も使っている小選挙区制か比例代表制に、仮に絞るとしても、その弊害を多少なりとも改める方法がある。いくつか例を挙げたい。

まず、フランスのように、小選挙区制であっても、過半数を獲得する候補がいない場合、決選投票を求める制度があり得る。1つの政党が過半数を上回るのは、特に多くの政党が候補者を立てる場合には難しい。

1回目の投票では多くの政党が候補者を立てられる。なぜならそれらは、決選投票がない日本の小選挙区制とは異なり、無理に合流したり、最初から他党と候補者調整をする必要がないからだ。そして決選投票では、理念や政策が近い政党が協力する。政党のブロック化が、ある程度促されるのである。

しかし残念なことだが、日本人が2回も投票に行くだろうか。行く人も当然いるだろうが、2回目の投票率はかなり低くなるのではないだろうか。もちろん、選挙制度を改めたことで選択しやすくなれば、変わっていくだろう。だが導入後初の決選投票の投票率が、以前の総選挙の水準よりさらに下がれば、動揺も招くだろうし、個人の関心の高まりが良い変化を起こすような、好循環に入ることが難しくなる。1党優位からの脱却も、むしろ難しくなる。

筆者が良いと思うのは、オーストラリアの下院の、全ての候補者に順位をつける、小選挙区制である。これは高く評価されている。

投票用紙には、その選挙区で出馬する、全ての候補者が記されており、有権者はそれに順位を付ける。半数を超える票において1位となった候補が当選するが、いない場合、1位を最も少なく得た候補が落選となり、その候補を1位にした票、つまり1位が落選となっている票の、2位を1位として扱い、再び1位の数を数え、過半数を得た候補がいれば、今度こそ当選となる。いなければ同じことを繰り返す(1位も2位も落選となった票は、3位を1位として数えることになる)。

死票を減らそうとする工夫が素晴らしい。これなら日本の場合、筆者のように政権交代を願う者は、例えば1位を立憲の候補、2位を維新の候補と、野党の共倒れを避けるような投票ができる(その結果、どちらかが自民党に接近するとしても、次の総選挙で不利になる)。皆が筆者と同じようにすると、例えばだが、1位を獲得した割合が自民5:立憲4:維新3であったのが、自民5:立憲7となり、立憲民主党の候補が当選する。もちろんそんな極端なことにはならない、つまりそんなにうまくはいかない。だがそれでも、自民党が支持率で過半数を超えていない場合(そんなことは起こり難い)、簡単には勝てなくなる。

非常に良い制度だが、デメリットもないわけではない。票の集計が手間であることだ(自動集計システムがあれば別だが、今オーストラリアでどうやっているか、筆者はまだ確認していない)、そして何より、候補者が多い場合、有権者も大変だ。どうしても、一部の候補については、順位がいい加減になりやすい。しかし主要政党、主要候補については大きくは間違わないだろう。つまり、当選して欲しい候補、どうでもいい候補、当選して欲しくない候補、という順にはなるだろう。どうでもいいと思っていた候補が、実は危険思想の持ち主であったということも、当然あり得る。だが主な主張、特徴的な主張くらいは、例えば報道やネット(信頼できるもの)で容易に確認できる。各党、候補の特徴、公約の一覧のようなものも、掲載されるはずだ。

日本でこれをやるとどうなるか。これは難しい話だと思う。筆者はオーストラリアの政治について詳しくないが、政権交代は定着しているし、有権者は1位にした候補と近い候補を、2位にしていると想像する。これが日本の場合、そうなりにくい面もあると思われる。自民、立憲、維新は、それぞれに明確な違いがある3極構造である一方、自民党が優位政党である限り、自民と非自民という分け方も、せざるを得ないからだ。

よほどの変化がない限り、自民と民主党系と維新の候補がいた場合、優位政党である自民党の候補が1位になる選挙区が多くなるだろう(変化が起こった場合については後述する)。しかし一定の支持を得ている政党の候補者が3名以上いれば、自民党の候補が過半数の票を得ることはむずかしい(大物議員などの場合は別である。なお、野党にもそのような議員が、いないわけではない)。すると、落選する維新の候補(大阪に限っては自民党と互角だろうが)を1位にした票の多くが、自民党の候補を2位にしていれば、自民党の候補が当選することになる。2位を立憲の候補にしていれば、立憲の候補にも当選の目がでる(共産党の候補、公明党の候補が立っていれば、共産党の候補を1位にした票は、立憲民主党を2位に、公明党を1位にした票は、自民党を2位にする可能性が高い)。自民党はよほど多くの票を得ない限り、上で少し述べた通り、「とにかく自民党以外で」と考える人々によって、政権を失う危機に直面する。

この例のように、第3極の維新に投じる人々がキャスティングボートを握る可能性があるが、筆者はそれで良いと思う。これらの人々の多くが2位を立憲の候補にした場合、それは「ともかく政権交代を」という声が、多数派になったということになる。自民の候補にした場合には、保守系対社民系という対立が濃くあるということになり、その次の選挙において、国民がどちらが良いのか、考えることになる。

違う例を挙げれば、1位を立憲民主党にした人は、2位をどうするか。同じ左派政党だが違いは大きい共産党か(最近さらに変化しているが)、対立しているが一応は同じ野党である維新の会か、あるいはこれらの政党に拒否感を持ち、自民党にするか。全てが十分考えられる。もちろん他の政党を除外し、単純化した例であるから、実際は国民民主党とか、れいわ新選組とか、社民党の候補がいれば、そちらに高い順位を付けるだろうが、このような制度になったところで、これらの小さな政党が全国的に候補者を立てるだろうか、という問題もある。

筆者がこの制度を良いと思うのは、政権交代(の定着)を優先しない人にも、それを訴えやすいからでもある。永遠に自民党政権で良いという人はかなり少ないようだ。そうであれば、1位は最も支持している政党の候補者にするとしても、「政権交代を起こせる立憲の候補を2位にして欲しい」と、働きかけやすい。そんな働きかけが通用するかというと、意外とするはずだ。自民党の議席が減るような変化は、立憲にとっても維新にとってもチャンスであり、それを共倒れすることなく起こせるからだ。自民党が弱った後で、立憲陣営と維新維新の対決に、より堂々と移ることも可能となる(少なくとも今よりは)。自民党はそのどちらかに入ることになるが、自民党政治は終わっている。

無理に合流する必要もなく、どの党の候補を立てるかという、選挙協力ゆえの揉め事も、感情的な対立を生む政党同士の駆け引きも必要なく、全てが有権者に任されるのだ(ただし政党が候補者を擁立しない場合、有権者にはどうにもできない)。