2019年の参院選の結果は、何を教えてくれていたのか

2019年の参院選の結果は、立憲民主党と国民民主党が分かれていてはいけないという事を、示していたのかも知れない。筆者はすでに述べたように、この事に関しては、どちらでも良いと思っていた。しかし改めて考えると、分かれて選挙を戦う事で、両党の溝が広がりやすくなるのは問題だ。象徴的なのが、静岡選挙区だ。国民民主党の現職であった榛葉賀津也が立候補しているのに、議席を持っていなかった立憲民主党が、新人を擁立した。

静岡県は2人区だ(1回の選挙で2名が当選する)。2議席を旧民主党系の2党で独占する事は、理論上は可能だ。しかし実際には、1人しか擁立しない自民党が負ける事などまずあり得ず(公明党も擁立しない)、残り1議席が争われる選挙区である。だから国民民主党が怒っても無理はない。しかしさかのぼれば、立憲民主党に参院議員としてはただ一人参加した福山哲郎を、民進党は本人の意思に反して、会派から外した(註1)。立憲は1議席なので、福山は参議院において無所属扱いになってしまった。首班指名投票における投票行動に互いであるという理由はもっともだし(これを挙げた、当時党参議院議員会長の小川敏夫も、半年後に立憲民主党に移籍)、この時の榛葉の姿勢を筆者は確認できていないが、どちらが悪いなどという話をしても、切りがないのだ。

これは一例であり、こういったことは少なからず起こるから、立憲、国民両党が分かれている事のマイナス面は、確かにあった。もちろん、「どちらも小さいし、本当にまとまって行動してくれるのか分からないから期待が持てない」という事もマイナスだ。国民民主党には参院選後、自民党から連立の働きかけがあったようだし、維新と統一会派を組んで、差を広げられた立憲をもう一度抜かす、というようなことも考えられていたようだ。いずれも、共産党等を含めた四民連合との合意を裏切る行為であり、考えるだけでもおかしなことだと言える(註2)

しかし、玉木代表は希望の党の民進党への合流(党名は変更)を受け入れたし、小沢の自由党(かつての生活の党)の合流を受け入れた。立憲との統一会派についても、立憲の会派に入るという形は拒んだものの、対等な立場で統一会派を組むという条件で、結局受け入れた。そもそも民進党時代から、玉木は希望の党への合流に肯定的だった。いずれも、玉木が本当に政策を問題にしたという形跡はない。考えて見れば、国民民主党再結成の時もそうだ。

この事からも、玉木が旧民主党系の合流に本来は前向きであり、政策よりも、立憲の劣位に置かれるかどうかという事を、気にしていたことが分かる。

玉木は民主党系の中でも右派であり、香川県は2016年の総選挙で唯一、民進党が共産党に候補者擁立を譲った県である。これらによるしこりもあると考えられる。しかし筆者は疑問だ。第3次安倍内閣が安保法制を成立させた際、玉木は強く反対していた。「プラカードは持っていない」としているが、積極的に採決に抵抗しているように見える写真は、ネットで確認できる。この事や、共演者に発言を合わせる傾向が玉木に見られる点から、前原と違い、立憲との対立関係が、左右の別によるものだとは考えにくい。

玉木は自らのyoutubeチャンネルに共産党を含む野党の代表、有名議員を出演させている。その中には、自らを強く批判してきた足立康史(維新の会)も含まれているが、立憲からは誰も出演していない。特別な理由が述べられているわけではなさそうだし、筆者も思いつかないから、ここにも、立憲に反感を抱いていることが表れていると言えよう。

確認しておくが、筆者はこのわだかまりについて、玉木に責任を押し付けたいのではない。旧立憲サイドの、例えば赤松らの、玉木をバカにしたような態度が報じられている(赤松の方がはるかに先輩だから、同じ政党内の事なら、全く理解できないというほどではないし、これもさかのぼれば切りがない事であり、旧立憲の支持者を代弁したところもあるのだろうが、もう少し歩み寄る姿勢も見せるべきであったと思う)。

話がそれたが、この再結集の是非は、上で見たような問題はあっても、そこまで重要なテーマではなかったと思う。共産党との共闘は批判されても、この再編が批判されることはあまりなかった。違いがあって分裂した面もあるのだから、合流すべきではないという意見がある一方、大きな野党第1党が必要だという意見もあった。とは言え、多くの国民に期待されたわけではないから、これで良かったという事ではない。「立憲はこれまでの民主党系と比べて、うまくまとまったまま拡大しているように見えるから、問題はあまり大きくない」という程度である。

この再結集に参加しなかった新しい国民民主党は、確かに議席を増やした。しかしもとが議席と非常に少なかっただけで、連合の旧同盟系が事実上ついていながら、小選挙区6、比例区5議席は、決して良い結果ではない。そしてこのわずかな議席増についても、立憲との合流に参加しなかったことが、直接的に広く評価されての事だとまでは言えない(純粋に積極財政志向と、提案重視の姿勢が評価された面もある)。国民民主党については近く、改めて述べることにする。

問題なのは、2019年参院選不振を受けた立憲の対応が、この再編に極端に偏っていたことである。立憲の党是であったと言っても過言ではない草の根民主主義は、かつての民主党が新進党系を吸収した時のように、薄まってしまった(それ以前から機能していたかも疑問ではあるが)。立憲には(民主党系には)、自民党のような強い基盤がないのだから、各地で草の根民主主義の実践を通して、浸透するしかなかったはずだ。民主党は元々組織力に乏しかったうえに、後継の民進党が大分裂したことで、それはさらに弱まった。そのことへの対処が不十分であった。

筆者は、かつての民主党の方がまだ強かったからと言って、立憲が民主党のように、色を薄めた政党になるべきだとは思わない。その弊害は、特に政権獲得後に露呈した。ただでさえ1党優位下の野党は、対決路線か対案路線か、両方ともが重要なのに、そのどちらかを最優先にしようとして、その選択で一致できずに動揺するものである。立憲のように、左派色が明確だという「核」があって、そこからウイングを広げる方が、しっかりした強い政党になると思う。

日本には左寄りの有権者が少ないと言われる。しかしそれは、日本独自の国防の問題がまざるからだ。左右の別の基本である経済の分野、伝統化自由化という面では、左の有権者は少なくないと思われる(経済については弱者優先に対する中間層の反発もあるかも知れないが、それは伝え方の不十分さ、誤解によるところも大きいと思われる。いずれ整理したい)。

しかし立憲民主党は、その中道左派という土台を固める努力も、ウイングを無理なく広げる工夫と努力も足りず、ひたすら社会党・民主党系の合流と、共産党との協力に傾注して、議席を増やそうとしたのだ。気持ちは分かるし、筆者もそれに同意していたが、戦略として無理があるのは間違いない。今回負けたのだし、簡単にはもう上向かないのだから、一度原点に立ち返ってみるべきだと思う。

党を強くするための努力や工夫も、他党との協力関係の維持、強化と、両立できないことはなかったと思う。担当を割り振ることもできた、できるはずだ。なお、草の根民主主義は、冠婚葬祭に出席する事ではない。これらへの出席は、そこで少しばかり分かる事はあっても、基本的には中身のないサービス競争に過ぎない。市民団体も軽視すべきではないが、一般の国民一人一人と真に向き合い、「現金な政党」と思われても、党員、党友になってもらう努力をする。党費を払う余裕がないと言われたら、「意見だけでもお聞かせて下さい」と頼む(あるいはアンケートに答えてもらう)。氏名と連絡先だけでも下さいと頼む。それにもお金がかかるのは分かるが、全く工夫できないという事はない。

野党共闘は中止すべきではない。衆参とも1人区(小選挙区)が中心である限り、民主党系は間違いなく共産党に削られる。「いや、共産党に寄り過ぎたから逃げた票が多くある」というのは、また別の話だ。寄り過ぎだという事なら、共産党に失礼にならないように、修正を試みる(失礼である事は、多くの有権者に嫌われる)。

それ以上に重要なのは、「逃げる支持」に対して、共産党と一定の協力をしなければならない事を説得することだ。1党優位の危険性を訴えるだけでは支持は広がらないようだ。これは野党がだめだという事があるとしても、やはり民主主義国としては情けないことである。しかし現実だ。さらに今の、選挙後の状況では、「それなら維新でも」となる。「維新が野党第1党になるのも時間がかかるし」と言えば、「では立憲民主党が引いてください。候補者を立てないでください。そうすれば早まります」と返されてしまう。

これについては、維新が今まで肝心なところ(自民党がピンチになるケース、自民党が他党の協力を欲するケース)で自民党の味方をしてきたのであり、「自民党のにとって維新の方が手ごわい」というのは、維新の自己主張に過ぎないか、自民党の戦略であると訴えるしかない。

最近、維新の会が自民党を揺さぶっているようにも、確かに見えるのだが、それで自民党がダメージを受けているようには見えない。これも過去の繰り返しである。自民党は政権維持に有利と見れば、平気で他党の主張を取り入れる。それによって、その「他党」が政権を得るまでの支持を得ることはない。そもそも、その「他党」とは一つではない。自民党に利用される弱小勢力の一つに過ぎないのだ。それで日本が良くなればいいのだが、これは微調整に過ぎず、日本が直面している深刻な問題を克服する事にも、国民が自ら政権を選び取る事、政党間の緊張感のある競争が実現する事にも、つながらない。最近でこそ、国民が変化する兆しは見えるが、期待できるほどではないし、その変化すら利用される危険がある。

確認するが、理念や政策が近い政党が協力する事を、否定しているのではない(自民と維新が近いのかも疑問だが)。1党優位で、政権交代が皆無な政治が、政党の質を下げるなど、深刻な弊害をもたらしていることを問題にしているのである。その解決を最も優先すべきだと、考えているのである。

自民党は実際にこれまで、「2位争い」に助けられている。希望の党にやられるかと思いきや(註3)、今度は立憲に勢いが出た。これで【自民、希望の2強 + 1弱】ではなく、【1強 + 立憲、希望の2弱】という構図になった。次に、立憲が共産党との連携強化で自民党を脅かすと、維新が躍進し、【自民、立憲の2強】にはならず、1強2弱が維持された(自民1強 + 立憲、維新の2弱)。

これからもし、維新の会が自民党の護衛をやめて、逆に自民党を脅かすことになれば、また立憲ブームが起こる事すら、あり得ると筆者は思う(もちろん、自民党を脅かすほどの大ブームではない。その先は1強2弱が維持される他、自立連立vs維新という展開もあり得る。その時維新は、弱肉強食路線の悪役にされる危険がある)。

ただ、このことを訴えても、前向きな面に乏しい。批判が多いという後ろ向きなイメージが、(実際にそうであるかは別として)立憲が支持されにくい原因である。だから加えて、今こそ左派政党の存在が重要であることを、強く訴えるべきなのだ。枝野代表も以前よりはやっていたと思うが、工夫の余地はまだまだある。左派政党だと思われないようにしている限り、逃げの姿勢から転じられない。左翼ではないのだし、中道左派は先進国のほとんどで、政権を担う主要政党である、社民系の中道左派政党である事を堂々とアピールするべきだ。

連合はそれでも離れるかも知れない(連合と野党共闘、両民主党については近く改めて述べる)。しかし冷静になるべきだ。離れるのは連合の中でも旧同盟系であり、その組合員は下野後の民主党系にそもそも投票しているのであろうか。もちろん立憲に投票している組合員もあろう。彼らをわざわざ捨てる必要はないが(註4)、共産党と一定の協力(両院の小選挙区における可能な限りの、互いの陣営を乱さない協力(註5)、候補者をずっと多く下ろすことになる共産党への、最低限の配慮、見返り)は避けられない。自らを鍛える必要はあっても、野党の共倒れは避けるべきだ。共倒れが続けば、勝負が決まっている選挙自体が、関心を持たれなくなるだろう(自分が住む選挙区で共倒れになっても、全国的には動いていると実感できれば、別だとは思うが)。

立憲だけの事を考えれば、共産党との協力が弱まれば、維新の会に野党第1党を取られる可能性が高まる。そんなことになれば、よほど維新が失敗しない限り(しかし政権を取ることはないだろうから、しばらくは失敗もなく、野党第1党から引きずり降ろされる可能性も低いだろう)、立憲はさらに弱体化する。共産党と離れたことで得られる信頼など、その時には無意味だ(それこそ行き詰った維新が、共産党とすみ分け等の協力を始めない限り)。

このことを前提に、連合(の旧同盟系)も対象として、全力で、工夫して、説得だけは試みる。それで無理ならあきらめる。そういう事で良いだろう。あきらめるといっても、連合の旧総評系は立憲を支持し続けるだろうし、旧同盟系が国民民主党を支持してくれるのなら、それはまだましな事だと、考えるしかない。

仮に、立憲を離れる連合の票の方が、共産党との協力によって得られる票よりも多いとしても、筆者の考えは変わらない。左から削られる事は防ぐべきだと思うからだ。逃げる票を減らす努力をすべきだとしか言えない。

立憲が連合を最重要視し、その意見に全て従うというのなら、連合が本当に、非正規を含む非常に多くの被用者に認められる存在にならなければいけない。今の、改革に対する抵抗勢力と見られたり(主に旧総評系の一部)、経営者層の飼い犬のように見られる(主に旧同盟系の一部)面があっては、不足だ。それとそもそも、欧米のように、極左~左翼の票を当てにしなくても、中道左派だけで大政党になれるような、社会の発展段階になければ、政権を狙う野党は、労組(連合)一辺倒でいられない。

国民民主党は維新についたように見えるが、雇用の流動化を唱える維新は、連合と相容れないところがある。近く述べるが、連合は追いつめられているので、それでも維新にすり寄ることができるだろう。同盟系にとっては、何であっても共産党よりはましだと言えるのだろう。それに同盟系には経営者層に近いところもあり、雇用の流動化にも前向きな面がある(雇用の流動化が被用者、弱者を助ける面もないわけではない。この雇用の流動化についても、連合について述べる時に取っておきたい)。

そもそも連合の狙いは、立憲民主党の共産党との離別、それを前提とした国民民主党との合流である。泉立憲が近く共産党と距離を取れば、国民民主党は立憲に代わり、連合の圧を受ける立場になる。しかし共産党と完全に敵対して、民主党系が生き残れるだろうか。今や維新もある。維新と組めたとしても、立憲の支持者がかなり離れ、左から票を大きく削られる危険がある(時代と共に左寄りの有権者が減るという見方があるが、格差の拡大、貧困の問題が続けば、そうはならないと思う。れいわ新選組が、左派政党の若年層における弱さを補っている)。

連合の狙いも、共産党が一方的に候補を下ろす事なのだろう。それをしてくれないのなら、共産党と協力をして、近付いて来られるよりは、共倒れを選ぶだろう(連合の組織票を含む比例票がある程度維持されれば、とりあえずは、連合の組織内候補達が比例区で当選できる。国民民主党の支持率では、同党から立候補する組織内候補達が2016年と同様、満足に当選しない)。あるいは維新にすり寄るかも知れない。その兆候はもう少し見られるし、小池都知事側にはすでに明確に寄っている。しかし小池系と維新は協力できるのだろうか。このような路線が失敗すれば、連合はプライドを捨てて、自民党に明確にすり寄るのだろう。

話がそれたが、仮に国民民主党が支持労組ともども、うまく維新に寄ったとしても、立憲は国民民主党を友党とすれば良い。たとえ一時的に協力できない状態になっても、やがて必ず、自民党に対する強い挑戦者が求められる。その時に野党第1党の立憲民主党は、野党の王者として堂々と、しかし謙虚に、改めて他の野党に協力を求めれば良い。

以上の事に全力を尽くしても、野党第1党の地位を長期的に失うような展開になれば、それは仕方のない事だ。半人前とは言っても民主主義国。有権者の判断には逆らえない。

ここで確認しておくと、維新の会に頭を下げるのは、今からでもやった方が良い。そして学べることは、学ぶべきだ。可能性を自ら閉ざすようなことは、得策ではない。考えが違っていても、政権交代を永遠にあきらめるのではない限り、野党第1党にはそうする責任がある。もちろんそれは、国会で全面的に連携する事、選挙協力をする事と、イコールではない。ただ、自民党を弱らせるための期間限定の立維連携なら、筆者は心から歓迎する(かなり非現実的だと思い、筆者はこれをあまり主張していないのである)。

さて、ここまで立憲民主党の、他党との関わりを中心に述べてきた。しかし2019年の参院選の結果が示すのは、何より、立憲の体力(組織力、地方議員、資金)が足りない事と、その不足を補い得る、国民からの支持が足りない事である。

筆者は1対1の戦いにしなければいけないと思うが、実際には維新やれいわにもかなり人気がある(れいわは左派陣営だとは言っても、だからこそ、票を奪われやすい面もある)。特に左派野党の共闘に加わらない維新に、票が分散する事に、筆者は否定的である。しかしその前に、立憲民主党に、それを許さないだけの魅力があれば、そうはならない。立憲とは考えが違う人が、維新に投票するのは仕方がない。それでも左右の2ブロック制(『政党・会派の図など』「自民党中心の三角関係から2ブロック制に変えるべき」等参照)には進み得る。問題はそれ以上に、立憲自身の魅力、あるいはそれを知らせる工夫、国民の声をより多く聞くための工夫が足りない事だ。

いずれも、今からでもできることだ。

 

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