自民党に対する挑戦者の地位を守り、政権交代をあきらめないためにできること

立憲民主党が第2党の地位をしっかりと守り、さらには政権交代など起こり得ない、あるいは起こって欲しくないという空気を打破するために、まだ打てる手はあるだろうか。

一つには都知事を取る事だ。以前述べたように、自民党以外の政党が地方で首長選を独自に勝利することは難しく、勝利したところで、守旧派の地方議会を前に、自由に政策を実現させていくことも極めて難しい(『政権交代論』「地方に根を下ろせない野党第1党」参照、『続・政権交代論』「民主党系も知事を誕生させて支持を広げろ」と簡単には言えない」参照。後者で述べた通り、大阪は特殊な例である)。

しかしそれでも、東京を維新に取られ、維新が都政でも評価されたり(草案るとは限らなくても、相手の失敗を待っているべきではない)、小池都知事の国政政党(ファーストの会ということになるか)が総選挙に参戦し、東京を中心に議席を獲得したら、立憲は第2党ですらいられなくなるだろう。確かに小池系は維新と競合する面が大きい。しかし双方がすみ分けをする可能性はあるし(ただし2017年のように、東京は小池系というわけにはいかない。首都圏の選挙区を分け合うことになるだろう)、そうでなくてもどちらかが勝つ可能性はある。維新と小池は、立憲を抑えるための協力は十分し得る。そうなれば立憲は都市部で後退する。農村部でも強くはないから、野党第1党の地位は維持できないということになる。野党第1党の地位を維持しても、維新や小池の連合軍が事実上の野党第1党勢力ということになると、新進党結成前と同様、いつでもその地位を追われる状況となり、もはや野党第1党だからこそ得る票は、失う状態であろう。だから東京で踏ん張る事が重要だ。

東京都知事選を独自に戦って勝つことは、非常に難しいと思う。しかしもはや挑戦するしかない。これまで有力な候補者を立てられなかったことは悔やまれもするが、民主党政権ができた頃に都知事を取っていたとしても、維新のように評価されることはなかったと想像される(これは民主党の至らなさだが、時代というものもある)。

維新の浮上を見て重い腰を上げるというのは情けないが、今からでもやるしかない。東京なら財政的な余裕があるから、維新とは別のアプローチで実績を上げる事も、まだ可能だ。

少し補足すると、民主党は1999年、鳩山由紀夫代表の弟、鳩山邦夫を都知事選に擁立した(鳩山邦夫は由紀夫よりも議員歴が長かった。自民党→新党さきがけ→民主党の兄と違い、自民党→改革の会→新進党→離党して兄と民主党結成、という歩み)。自公の推す候補者などもいたが、結局、最後に無所属での立候補を表明した石原慎太郎に、すべて持っていかれた。石原は政治の在り方に失望したとして、社会党が総理を出していた自社さ連立期の1995年に、衆議院議員を辞職していた。鳩山邦夫も本来当選し得る候補ではあったが、石原軍団と呼ばれる俳優達の応援も受けた石原が勝利し、以後は自公両党を与党とする、長期政権となった。民主党はその後の都知事選にも挑戦したが、もはや歯が立たなかった(落選した鳩山邦夫の自民党入り、鳩山兄弟のけんかについての報道も、少しは民主党のダメージになったかも知れない)。

 

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