日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
共産党を事実上の野党統一候補にしたトヨタ労組

共産党を事実上の野党統一候補にしたトヨタ労組

2021年総選挙の2週間半前、驚きの情報が民主党系を震撼させた。愛知11区の無所属(元民主党→民進党→希望の党→国民民主党→立国)議員、古本伸一郎が立候補を取りやめたのだ。当時こそ無所属であったとは言え、民主党、民進党、希望の党と歩んできた、ベテラン議員だ。病や疑惑など、何らかの事情がなければ考えられない事だ。しかも後継の候補も立たなかった。

なぜこのような事が起こったか。背景にはもちろん、民主党系のバタバタ、共産党との連携もあったであろう。だが愛知11区は豊田市、トヨタの企業城下町だ。トヨタ労組が非常に強い選挙区だ。民主党(民社党系が新進党内にあった1996年は新進党)が一度も議席を失った事のない選挙区だ。古本は、そのトヨタ労組の組織内候補として当選してきた議員であり、立候補取りやめには、トヨタ労組ならではの理由もあった。

しかしどうであれ、これは愚行だと言わざるを得ない。労働組合が社民系の政党から、経営者の味方である保守系の自民党に、支持政党を変更する。この転換も、本来はおかしい。しかし日本の左派野党の不振を見れば、分からなくはない。

だが、野党第1党の立憲民主党は、古本を支持し、候補者を立てなかった。つまり古本は民主党系として、事実上立憲の候補でもあったと言える。それが、立憲が対立候補を用意できないような、総選挙直前に(時間があっても立てなかったかも知れないが)、立候補を取りやめるのは、民主主義の自殺行為に手を貸すようなものだ。候補者を立てられなかったのは国民民主党も同じだが、問題は、野党第1党が候補を立てず、野党第1党と協力関係にある候補すら、立候補しなかった事だ。たとえ公明党と共産党しか候補者を出さない選挙区があっても、それは自民党が公明党に、民主党系が共産党に選挙区を譲り、事実上協力する選挙区である。それでも、2大政党から選べないという問題はあるが、事実上はまだ第1、2党のどちらを選ぶかという選択に、その選挙区の人々も参加はできるのである。トヨタ労組は、その機会すら、選挙区の住民から奪ったのだと言える。

これは、住民が望むか望まないかとは、全く別とまでは言わないが、異なる話である。選挙区の住民の多くが良いと思っているからと言って、野党第1党の陣営から候補が立たない事は、選択肢を奪うものである(反対に与党の陣営から誰も立たないのも、同様である)。しかも古本はその後、選挙も経ずに、愛知県の副知事に就任している(副知事選など無いのは分かっているが)。これを当然の「補償」、「代償」だと思うなら、国民の感覚にも問題があると言わざるを得ない。

トヨタ労組は事実上自民党の候補を支持したようである。選挙結果を見ると、自民党と共産党の候補者が飛躍的に得票を伸ばしており、全体の投票率は4%近く下がっている(それでも全国平均よりはかなり高い)。つまりトヨタ労組の組合員の多くは、民主党系から自民党へと投票行動を変え、立憲支持者、この選挙区ではそんなに多くないと思われる無党派層の一部~多くが、共産党に投じたのだろう(その中には仕方なく共産党に投票した人もいれば、希望の党を経ている古本には、本来あまり投票したくなかったから、これで良かったという人もいるだろう。しかし後者の場合でも、共産党では勝ち目がないという問題はある)。

ここで浮上するのが共産党だ。この愛知11区では、立憲、共産両党は選挙協力をしていない。しかし立憲が公認どころか、推薦、支援する候補すらいなくなったのだから、共産党の候補者は、全国的には協力関係にあった左派野党の、事実上の統一候補ということになる。立憲が支持者を含めて愛知11区での選挙をボイコットしたのでもない限り、事実上はそのような構図になる。つまりトヨタ労組は、否定的に見ている共産党に、自らの手で、事実上の野党統一候補という地位を与えたのである。自民党vs共産党という構図をつくったのである。もちろん共産党に勝ち目はないが、共産党はそもそも、単独で小選挙区を制する力をほとんどもっていない。そんな中では、野党統一候補となる事が、選挙区内での自党の支持を強める、最大の武器になるのだ。

どうだろう。これほど滑稽な話があるだろうか。

最後に、この選挙区特有の事情を確認しなければ、バランスが悪い。繰り返すが、愛知11区はトヨタの企業城下町だ。そのトヨタは今、揺れている。言わずと知れた日本最強の企業だ。世界の最先端を走っているはずが、いつの間にか遅れていた日本にとって、自動車産業は、最後の砦であるように見える。しかし自動車産業は、世界的に大きく変化している。それはもちろん、ガソリン車から、電気自動車、水素自動車への移行、そして自動運転などのITという、自動車そのものの性能とは別の面での、技術革新である。これらの点で、日本はガソリン中心の時代のように、世界をリードできていない。とくにAI関係では、アメリカで生まれたIT企業の脅威にさらされている(提携するとしても優劣がつき得る)。思い出すのは携帯用の音楽プレーヤーだ。MDまでは日本がリードしていたところ、全てappleに持っていかれたような形になった。

もともと、最先端のものに限らなければ、従来の先進国でなくても、先進国でないからこそ、安くで作れるようになっていた。しかし日本の製造業は、家計に安く大量に売るというスタイルを、全体的にはうまく変化させられなかった。

ここで浮上するのが、日本の政治(行政)、そして一部の、まるで国営のような民間企業の、質の低さである。転換期(であるはずの時期)に、有効な手を打てなかったのだ(福島第一原発の事故で、原発産業、原発政策が動揺したのは、その政策の良し悪しは別として、不運であったが)。他国との競争にはこれまでのようには勝てず、産業の世界的な転換については後れを取った。

筆者はこの方面については無知だから、素人の疑問で恐縮なのだが、「ガラケー」は何とかならなかったのかと思う。他国がスマートフォンに移行すれば、ガラケーに魅力はないだろう。しかしそれまでに、少しくらい世界に浸透できなかったのだろうか。他の例で言えば、1990年前後、筆者が持っていた電子手帳は、ドイツ、アメリカに行った時に興味を持たれた(小~中学生という子どもの記憶だが、筆者は、これからも間違いなく日本が最先端であると、信じていた。1998年にドイツに住んでいた時には、テレビは韓国製を勧められるようになっていたが、テレビ局の機材はほとんど日本製であった)。色々と工夫の余地はあったと思うのだ。三社寡占の殿様商売、日本のマーケットに企業が胡坐をかく状態を生み、世界で仕掛けること(後追いで良いものをつくるのとは違う戦略)を国が政策的に後押しするという事が、欠けていたのではないだろうか。それどころか、戦後のように官僚が仕切って、企業を保護する事ばかりが先に立っていた。

なお、自民党と比べればはるかに小さいものの、民主党にも責任はある。新自由主義政党の方が、産業が発展するという見方もあるが、筆者はそうも思わない。与党として官僚をコントロールすべき政党の、政党としての能力が最も問題なのであって、対等な競争で、その質を上げるしかないと考える。対等な競争は議論の質を上げ、政、官、財、一般の国民、つまり国全体の質を上げる。

話を戻すが、トヨタは今、生産過程で二酸化炭素の排出を減らす事、世界の最先端の地位を取り戻すことを求められている。このために政府の産業政策に左右される面、依存せざるを得ない面が大きくなる。例えば水素自動車の普及、発展には、水素ステーションを増やす政策が不可欠だ。そして生産過程で二酸化炭素を減らすには、自然エネルギーか原発再稼働の促進か、という事になる。事故等のリスクを考えなければ当然、特に短期的には、原発再稼働の方が安価だ。他国の、原発の安価な電気を利用して生産できる企業との競争は、非常に不利なものとなっている。

以上の事を考えると、トヨタが自民党にすり寄るのは理解できる。しかし今までの自民党政治を見て、そんなにあてにできるものだとは思えない。

そうなのだ。自民党がダメだから状況は厳しくなり、その結果ますます自民党にすがるしかないと考えられるようになる。そんなバカバカしい、らせん階段を今、日本は駆け下りているのだ。

トヨタ労組を含む連合旧同盟系は、国民民主党に近いと言える。同党がもし、公明党のように自民党と連立し、他の選挙区で自民党に少しでも(創価学会・公明党のようには、なかなかいかない・・・)票を献上する事ができたなら、愛知11区の件は防げただろう。しかしそれは政党までもが、選択をしない、追従型の利益団体になり、創価学会の代表、大阪の代表、民間労組の代表というような形で、公明、維新、国民民主など多くの政党が、自民党にぶら下がる事につながる。これは民主主義の後退であり、ロシアのように、さらには中国のように、事実上なっていく事を意味する。筆者は絶対に、別の未来を求める。

それと、上で筆者は主語を「トヨタ」という企業にした。トヨタの労組だって、そこに勤める人々の集まりなのだから、トヨタが傾けば職を失うか、少なくとも待遇の改善を期待できなくなる。だからトヨタ労組が自民党の敵となる選挙戦をやめようというのも、理解はできる。しかし労組とは本来、被用者の待遇改善、問題の解決を、経営者に求めるものである。

ここで話は、「連合の解体的な再編が必要」で述べた事に帰る。その極端な例がトヨタ労組であるという事だ。

筆者は関係者の気持ちを想像し、それを踏まえて、ここではただ、「残念だ。日本は本当に遅れている。」とだけ、述べて終えたい。

 

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