日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
日本共産党は議論を巻き起こせ

日本共産党は議論を巻き起こせ

以前、立憲民主党は共産党に感謝すべきだと述べたが、共産党に対して、部外者の筆者はあえて言いたい。今回は共産党が前に出すぎた。

立憲民主党という第2党が、共産党との関係を強める事は、共産党が、自分達は(昔のような)危険な政党ではないと、自らをアピールするのに有効である。しかしこれは慎重にやる必要がある。そうでないと、共産党が【危険】から【少し危険】という認識に格上げされる一方、立憲が【少し危険】に格下げされ、政権が遠ざかる事になってしまう(「危険」という言葉が適切でないという面もあるが、分かりやすさを優先して述べた)。

他党に一方的に協力するわけにはいかないのは当然だ。筆者も、選挙協力はギブアンドテイクであるべきだと思う。しかし、共産党はあまりに左寄りだ。社会主義国の国民になる事など、ほとんど誰も望んでいない。筆者は自民党1党支配も、やがて社会主義に似たものになると思うし(1党独裁の中国や、それに近いロシアのような国。日本の報道の自由度は最新のもので世界第71位。これが正確な指標かどうかは多少疑問だが、少なくともある程度問題がある事、今後が心配な事は確かだ)、社会主義は確かに一つではない。世界では左派ポピュリズムが台頭している国もあるし(日本ではれいわ新選組がそれに該当する)、平等な社会、少なくとも貧困の解消を望む声は、広がっていく可能性がある。

それに物事はそう単純ではない。社会主義国自体は良い国家にはならなくても、特にその実態が広く知られていなかった時代には、資本主義国の政府、富裕層にも、革命が起きたら大変だと、格差是正・貧困対策を促す役割、自制を促す役割を、図らずも担っていた(社会主義国にとっては、資本主義国で格差が拡大し、社会主義革命が起こった方が良かっただろう)。「社会主義は失敗した」と言っているばかりで、平等重視の政治勢力を弱らせてしまえば、今度こそ、資本主義の弊害が深刻化するという事も、考えられる。ITの発展、グローバル化によって、少数の勝ち組と多数の「負け組」へと、格差が拡大しやすい時代に入っているのだから、その危険は間違いなくある。

しかし日本の社会は古い。「今どき共産党が国会で議席を持っているのは、先進国では日本くらい」という批判を聞くことがある。つまり新しい時代には、共産党は受け入れられないという意味だ。しかし実際の共産党の得票分布を見ると、都市部で強く、農村部で弱いという傾向がある。産業構造もその要因だが、それと重なるように、あえて言うが、古い社会が残っているところで、警戒されているという事もあるようだ。そのようなところで共産党を肯定していると思われると、生きにくいだろう。そうであれば、「今どき日本共産党に拒否感を持っているの? それって偏見じゃない?」と言うことも、できる。

「偏見」というのは言い過ぎかもしれない。共産党に対して疑念を持つのは当然だし、都市部でだって、共産党に人気があるわけではない。支持者の高齢化が言われているが、それはつまり、若者層に浸透できていないという事だ。だからあくまでも、このような面が比較すれば浮上する、という程度の話ではある。もちろんそれでも、ひとつの傾向として、重要ではある。都市部の事だとは言っても、問題のある政党なら、いくら表面的には良い振る舞いをしても、もう少し嫌われるのが自然だ(公明党よりもはるかに危険な政党なら、公明党よりも強い拒否感を持たれて当然のはずだ)。

社会主義には時代遅れの面があるが、他国を見れば、そこにそもそもはルーツを持つ社民系、あるいは(刷新された)左翼政党には、需要がある。ドイツをはじめ、社民系が中心の政権は現在もあるし、支持を広げている左翼系の政党も存在する。社会主義自体にだって、1党独裁や、この世の楽園を本気で目指すものとは違う、新たな展開が、無いとは限らない。

話を一度戻して、共産党が前に出すぎたと述べたのは、新たな展望を国民に(うまく)示さず、警戒感を持たれている中で(特に警戒感を持たれている農村部で)、立憲民主党とその支持基盤の連合が中心の選挙に、グイグイ入っていったという点、立憲との関係の深化を、アピールした点についてだ。

もちろん、共産党から見れば、彼らの選挙戦に足りないものがあるという事もあるのだろう。また、組織が侵食される事を警戒するほどに、民主党系・連合の結束は弱いのか? という事もあるだろう。しかし結束の強さこそ、上の話で行けば「今どき?」という面がある。民主党系があまりに風頼みだと思うことは筆者もあるが(そうではない議員、候補者もいるとは思うが、民主党政権の記憶が国民に残る限り、民主党系に対する「風」まではさすがに吹き難い)、もし共産党が、そこを「隙」だと無意識にでも感じて入っていけば、民主党系の支持者、民主党系に好意的な有権者を含めて、警戒されるのは当然だ。

やはり、民主党系と共産党との差異がもう少し小さくなる事が重要だ。それでは共産党が埋没する危険があるので、日本共産党ならではの、皆を引き付け、かつ一般の国民に拒否感を持たれにくいビジョンがある事も重要だ。

共産党が築こうとする社会主義は、自由のある「社会主義」だと、例えば漫画のようなっもので、分かりやすく示すくらいの事はして欲しい。共産党も時折それに近い事を試みるが、どうしても天皇制、安全保障に関する主張も含めて、「誤解を解く」という点が重視される。それでも一定の効果は上がっているのだろうが、それでは足りない。それにその限定的な効果も、社会党~民主党系が失望されている時に、代替物としてやや好意的に見られている場合にのみ、生じているのではないだろうか。

こんな社会、こんな暮らしになるのかと、人々がもっと想像できるようにするべきだ。現状をどう改める事で、そのビジョンへの道が開かれるのか、もっと関連させて、分かりやすく政策を示すべきだ。理屈だけだと、社会主義、日本型左派~左翼の、自己弁護だと認識されてしまう。いや、そもそも関心を持たれない。また、問題点を指摘するばかりだと、今の国民は拒否感を持ってしまうようだ(個人的には、そんなことでどうするんだとは思うが)。

天皇制(今さら共産党用語だとは考えない)を全面的に肯定する必要はないと思う。その矛盾を皆で考えようという政党があっても良いと思うのだ。以前述べた事(「共産党との協力をやめるのは本末転倒」参照。しかし基本的には国民投票を実施する場合の話である)と矛盾するようだが、分断を生まずに、つまり「天皇制の廃止にいつかは持っていきたいな」という下心なしに、建設的な議論をする事はできる。その際、「うちは制度的に身分が存在する事には反対なんですよ」と言う事は問題ないと思う。

天皇、皇族は身分ではないという人がいれば、そこで改めて議論ができる。保守~右翼の人は天皇、皇族をもっと信頼するものではないのか(安倍元総理は信頼していたのか、尊重していたのか)。皇族に人権がなくて良いのか。税金で生きているという批判があるが、自分でそれを選んだわけでもない人に、そんな批判をして良いのか。その観点で批判を許さないというのは、言論を封殺することにならないか。そして、今回の総選挙における高市自民党政調会長の、おぞましい政治利用(天皇の承認が必要な副大臣以上が落選して選び直される事になると、忙しい天皇を煩わせることになるという内容の発言をした)。語る事はいくらでもある。どんどん議論する。皆で考えようと発信すれば、国民の共産党に対する見方は変わると思う。関心も増すと思う(国民を不必要に分断させてしまう危険性はあるが、共産党が健全であれば回避できるし、分断を回避するために「知らなくていい」、「考えなくていい」というのは間違っていると思う)。

筆者は、共産党に自衛隊を認めて欲しい。国防を不要とするのが共産党というわけではないはずだ。世界中に、【心の清い、悪意を持ち得ない労働者達が仕切る社会主義国】ができれば、共産党にとって国防は不要なものなのだろうが、人間が人間である以上、そんなものはもちろん存在し得ない。

日米安保も認めるべきだ。中国や北朝鮮を全面的に信頼しているなら話は別だが、日本共産党はそうではない。大きな市場である中国、攻めてくれば厄介な中国に遠慮せざるを得ない自民党よりも、中国に厳しい態度をとる。それなら日米同盟は、軍事同盟として存続させなければ、国民の命を守れない(それでも守れない可能性も低くないと思うが)。存続させたうえで、できる事、次の一手を考えるしかないはずだ。

個々の人間は別としても、国家のレベルでは、仲の良い相手でさえ、全面的に信用するべきではない。アメリカが日本を守るために、いつでも本気で戦ってくれると、安易に信じるべきではないと思う。しかしだからと言って、アメリカより中国が信用できるという話には、なりようがない。確かに民主主義国でも世論が偏る事はある。しかし少なくとも一般的には、独裁(的な)国家よりは絶対に、自制が効くものだと思う(第2次大戦以後に限れば特に)。なお、アメリカが守ってくれるかという問題には、日本に自国を守る覚悟がどれだけあるのか、アメリカとどれだけ強い信頼関係があるのかという事も、善し悪しは別として、当然関わってくる。

ところで筆者は最近、次の事を思う。それは、国防軽視(過度な理想主義、きれい事)が新自由主義的であるという事だ。

新自由主義は政府の歳出、仕事をなるべく減らす考えだが、自由な活動のために必要な国防を、ある程度は重視するのが普通だ(極端なリバタリアンになれば話は別だが、そのような考えを、新自由主義に含めて見るべきではないだろう)。外国にはなるべく介入しない、あるいは、危険がある場合か、明らかに利益になる場合に限って介入する、という考えだ。

他国が侵略してくる事、ミサイルを打ってくる事は、100%ないとは言えない。日本を取り巻く環境は、明らかに悪くなってきている。そのような事が起こった場合には、富裕層は資金力、あるいはコネで乗り切れるかも知れない。侵略者と妥協できるかもしれない。自宅や仕事場に頑強なシェルターをつくることもできる。しかし一般の国民はそうはいかない。

有事の際に、弱い立場の人々ができるだけ危険にさらされないように、何ができるかを考える必用があるはずだ。そのような人々は、戦争が起きただけで窮地に追い込まれるのだから、平和外交で解決するしかないというのも、分かる。しかしそれではどうにもならないという事も、十分あり得る。いや、わずかでも可能性があれば、考えておく必要がある(右寄りの人は同意してくれると思うが、しかしその右寄りの人は、原発に関しては「お花畑」だったりする・・・)。これに取り組まないのは新自由主義、いやリバタリアン的ではないだろうか(一つのリバタリアン的な考えとして、富裕層だけで、私的に防衛策をとるようなやり方もある)。

以上の話はただし、共産党を政権に全く関わらせない理由にはならないと、筆者は考えている。かつて自民党が、自衛隊と日米安保に反対の立場を変えていなかった社会党と連立を組んだ時、委員長(党首)が総理大臣となった社会党は、現実的になった。この事を考えると、閣僚は問題があるとしても(今、北朝鮮と裏でつながっているなどとは言わないが、以前、同国に理解を示すような姿勢を採った事は確かにある)、単なる閣外協力よりは、むしろ踏み込んだ立場を共産党に与え、現実的な政党に育てるべきだとすら思う(「共産党に、疑似与党経験を!」で少し具体的に述べた)。それでもクリアすべき課題はあるし、自民党と違って、自らも与党経験をさらに積む必要がある立憲には、確かに難しい事ではある。

共産党に党名を変えろという人がいる。筆者も同調したくなるが、それでは党が持たないのかも知れない(最近の状況を見ると、共産党を名乗って票を得ようとする団体が、別にでてきそうでもある。主張は保守~右翼、党名は共産党というのもあり得そうだ・・・)。だから少なくとも今は、党名を変える必要はないと思う。それよりも、ここで述べたような議論、変化を見せて欲しい。誰よりも平和を愛する、貧困を憎むという姿勢で、現実的な議論に乗り出せば、きっと多くの国民に理解される(現状はまだ、共産党は認められないという、左寄りの国民も多い)。自らを嫌っている勢力に、謙虚に向き合う事も重要だし、できると思う(連合に、公式に積極的に働きかけるなど)。そのような姿勢を国民は評価すると思う。

「党内民主主義がない」、「党首があまりに長く同じ人物であり、選挙で負けても責任を取らない」という批判も、共産党に対してはある。これも確かに問題だが、後回しで良いと、筆者は思う。なぜなら、上で述べた変化をするには、エネルギーがいるからだ。その変化の過程の終盤において、あるいは最後に仕上げとして、オープンな代表選をやるのは良いし、すべきだと思う。しかし今は、「上」から強引にでも、しかし党が崩れないような絶妙な力加減で、脱皮をする必要もある(筆者は、社会主義政党が社会民主主義政党になる事を「脱皮」と表現することがあるが、主張をさらに変化させ、党内の民主化も進めて、より多くの人に受け入れられる政党になるという事を、今は想定している)。ただしそれでも、党内の発言はもっと自由であるべきだ。田村智子参議院議員がSNSでの発言を取り消す事が複数回生じている。党内外で議論するなどして、変化するという事は当然あり得る。しかしそれなら、その経過も発信すべきだし、前言に加える形で発信すればよい。これについては早急に改めて欲しいと思う。

それと、「候補者を降ろしてあげる」というような協力しか求められない政党に、未来はない。確かに、「そちらの候補者がうちに対して批判的なら、うちは候補者は降ろしませんよ。立てますよ。」と言えば、影響力は持てる。他の野党が、共産党が候補者をおろした選挙区でしか勝てないという事になれば、共産党は協力関係にある政党の議員をも、ある程度コントロールできるようになる(今もそのような面が、無いとは言えない)。しかしそれは建設的な協力にはなりにくい。共産党自体が広く拒否感を持たれていれば、共産党に理解のある政党も、拒否感を持たれるようになる。感情的な溝も深まるし、短期的には効果があっても、やがて破綻すると思う。だから共産党の票ではなく、「共産党が欲しい」と広く言われる政党を、日本共産党は目指すべきだ。できない事ではないはずだ。

政権交代の実現と定着は、日本共産党にかかっていると、筆者は思う。自民、維新、国民民主、連合の共産党攻撃こそが笑われるようになれば、潮目は変わる。

 

左派野党の中で、れいわだけは躍進→

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