日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
予想通り自民党にぶら下がった、政策軽視の国民民主

予想通り自民党にぶら下がった、政策軽視の国民民主

やや抽象的に述べたが、2つの明確な動きが、すでに起きている。

国民民主党は今回の総選挙において、選挙期間中、ガソリン価格の高騰を見て、ガソリン税のトリガ-条項凍結解除を公約に加えた。あまりない事で、行動的だと言える。

トリガー条項は、民主党政権が導入したものである。民主党政権誕生の前年、ガソリン価格は高騰していた。それは家庭のガソリン代の負担を重くするだけではない。輸送費なども上がる。そもそも、ガソリンが高くなるのは原油が高くなるためであり、電気代や原材料費も高くなる。もちろん製造業にも負担となり、商品の値上げも起こる。消費の減退にもつながるし、立場が弱かったり、競争が激しく、高騰分を転嫁できない企業等は非常に苦しい。

2008年、民主党は参議院においては、協力関係にある政党と合わせれば、過半数を上回っていた。そこで、ちょうど期限切れを迎えていた、ガソリンの暫定税率を継続する法案を、参議員で審議せずに粘った(これをすると、衆議院での再議決も60日間できなくなる)。法案は、自公が3分の2を超える衆議院で再可決されたが、その成立までの期間、ガソリン代は下がっていた。民主党は、この暫定税率分の廃止も公約に入れて、2009年に政権を取った。しかし、政策実現のための財源の捻出が想定したレベルにと多く及ばない中、ガソリンにかかる税を下げる事ができなかった(下げなかった)。ただし、ガソリンの全国平均価格が3カ月連続で160円を超える場合、ガソリンにかかる税のうち、事実上暫定税率の部分にあたる、25.1円分を取らないという改正だけはした(その分だけガソリン代が安くなる)。これを定めたのがトリガー条項と呼ばれるものである。

しかしその後、東日本大震災が起こり、復興のための予算を捻出するため、民主党政権は、トリガー条項を凍結した(必要なくなるまで、停止することにした)。これを、民主党の流れの一部を汲む国民民主党が、解除しようとしているのだ。立憲民主党も2021年12月に、トリガー条項発動法案(つまり凍結解除の法案)を提出した。岸田内閣は、トリガー条項と同程度の25円を上限とする、石油元売り会社への補助金を出す方針を採った(その後、上限を引き上げる方針を決定)。これは、政府の負担でガソリン価格を引き下げるという点で、効果はトリガー条項凍結解除と同様だ。

凍結解除をしない理由として自民党は、別に法案の可決が必要であり、引き下げられる分の一部が、地方自治体の税収にもなっている(つまり地方自治体の歳入が減る)事、流通の混乱、再度の引き上げ(現状に戻す事)の難しさを理由として挙げていた。買い控えも挙げていたと思うが、現在の補助金から瞬時に切り替えられないという事だろうか。それとも、補助金とトリガー解除では、実際のガソリン価格に差が出るという事だろうか(補助金の上限を引き上げれば、トリガー解除よりもガソリン代を下げられるが、双方を組み合わせるという事などもできる。しかしそれでは複雑すぎるという事だろうか。以上、恥ずかしながらまだ確認していない)。毎日新聞によれば、自民党が国民民主の予算賛成・自公政権のトリガー解除を仕掛けたものの、業界団体の反発を受け、解除に慎重になったという。他には、この動きについて蚊帳の外に置かれていた、高市早苗自民党政調会長が反発したというような報道もある。

自民党がトリガー条項凍結解除に対する慎重姿勢を明確にする前、国民民主党は国会において、岸田総理にトリガー解除を迫り、岸田総理が解除する事も排除しないという考えを示すと、自民党の予算案に衆参両院で賛成をした。これが話題となっているわけである(※)。確認するが、岸田総理はトリガー解除を、少なくとも国民の前では約束していない(密約があった可能性もあるが、それでもせいぜい口約束っぽいもの、約束とまでは言えないようなものしかなかったのだと、推測する)。それでも国民民主は、予算案に賛成したのである

※ 衆議院では前原代表代行が、参議員では、立憲に近い村山元総理の地元である大分県の選出である(つまり左派野党を怒らせると落選する可能性がさらに高くなる)足立信也参院幹事長が棄権をしている(会派のみ所属の柳田稔元法務大臣は反対)。予算案の採決という、政党・国会議員にとって最も重要な仕事の一つであるにもかかわらず、国民民主党は彼らを罰していない。党の要職から外していない。これを新しいとしたり、国民民主党の賛否が予算の成否に影響がない事から、理解を示す声がある。だが、党が前原の採決欠席の理由を体調だとする一方、前原は党内で予算案賛成に反対していたし、体調が理由でないとこを認めるような発言もしている。こんな事が「新しい」と言えるだろうか)。

 

予算とは、政府の活動計画である。政府の活動には、ほぼ全て費用がかかる。その総額(税金で足りない分は国債を発行)と内訳を示したのが予算案なのだから、これに賛成するという事は、つまり岸田内閣の今年度の方針(これもかなり予算案に表れる)と活動の大部分を、基本的に支持する事を意味する。国民の代表として国会で賛成投票をするという事は、政府の活動に責任を負う事を意味する(他の説明ができるだろうか。例えば銃の、所持を自由化する法案に賛成票を投じた政党は、それが成立した後の状況に、責任がないと言えるだろうか)。これでは国民民主党の議員は与党議員と変わらなくなる。つまり国民民主党は、与党と変わらない。

筆者は、常設の協議機関があれば閣外でも与党。それがなくても、恒常的に味方をしていれば準与党。政権奪取よりも是々非々の対応を明確に重視していれば(好意的中立とし得る)、準野党と呼ぶ。このような分類をしているわけだが、それとは別に、予算案に賛成する政党は、その予算案の年度に限っては与党、少なくとも準与党と見るべきである。自公両与党と国民民主党の協議の場が、議題をトリガー条項に限定しないものとして、継続的に設けられているようである事も考えれば、なおさらである。

国民民主党は、立憲民主党にはもちろん、維新の会にすら批判された。両党とも、協力関係を断つ事をほのめかした(維新は国民民主党と協力する路線であった。立憲は選挙協力を目指していた。連合は立憲と国民民主の連携、合流を唱えている)。ただしその後、連合の要求もあってだろうが、立憲の泉代表は国民民主との関係悪化を避けようとしているようだ。おかげ2022年4月現在、目前に迫った参院選の戦略が明確でない(①んん区のみ、共産党と一本化、国民民主党とも、相手が敵対的であっても一本化、共産党と国民民主党には協力する気がない。1本化も実際には不十分―筆者は、3人区以上なら、複数の野党が候補を立てるのは当然だと思う一方、あまりに弱く、情けない事だが、共倒れを避けられるなら、1本化を図るべきだと思うようになっている―)。

維新の会も、結局、国民民主に甘い。維新の会はトリガーで抜け駆けをされた後、再度、国民民主党に裏切られている。それは参院選での選挙協力の合意についてだ。両党は、静岡県選挙区(国民民主党会派所属議員が立候補)、京都府選挙区(維新が公認候補を擁立)での選挙協力を決めた。ところが国民民主党では、選挙協力のみを決定し、条件については後で明確にされ、反対の声が上がった。このため、合意は白紙になり、後に破棄された。しかもこの条件というのは、国民民主党側(実際に合意に動いた前原代表代行と榛葉幹事長)が用意したものだという。

問題となった条件は、企業団体献金の禁止や、両党が政権交代を実現して日本を再生するために尽力するというものだ。前者は国民民主党にはきついのだろう(※)。しかし国民民主党も後ろめたいようで、むしろ後者を問題にしている。維新とだけ、連立を組もうとしているように見えるという理由でだ。実際にはこのような明確な表現ではなかったと思うが、非自民・非共産党の政党・議員と幅広く協力するつもりなのに、誤解されるという事のようだ。しかし、「政権交代なんて掲げて、自民党に嫌われたら困るからでしょ?」と見ている人も、筆者を含めて少なくない。実際国民民主党は、山形県選挙区(1人区)で、自民党に候補者を擁立しないでもらえそうなのだ。優位政党が候補者を立てないという事は、当選の確立が飛躍的に高くなるという事だ。国民民主党は、そんな事は求めていないという立場だが、それを信じるほどには、さすがの筆者も幼くはない。

※ 同時期に、トヨタ労組からの違法献金も報じられていた。これは、トヨタの労組が、会費の名目で集めたカネをを献金していたという問題である。献金先は古本前衆議院銀(「共産党を事実上の野党統一候補にしたトヨタ労組」参照)と、国民民主党の浜口誠議員で、両者とも、トヨタ労組の組織内議員だと言える。

 

しかしそれにしても、選挙区ごとに、自民、維新、立憲と、まるで異なる立場の政党と協力するというのは、あまりに軽率だ。しかも今回の維新との事で明らかになった通り、(維新がどんな政党だか分かっているとは言っても)合意事項も確認しない、つまり政策を棚上げして協力しようというのは、国民民主党が普段言っている事と矛盾する(ただ、もともと、立憲の脱原発には厳しいのに、脱原発を取り消していない小池系との合流に動き、かつて民主党を離党して、脱原発を唱える「みどりの風」という政党を結成した舟山康江を党に参加させたり、矛盾はあった。自由党を吸収する事が決まった際に玉木は、同党の小沢代表と対談し、政策の差異にあまりこだわらない姿勢を示している。自由党は無条件で旧国民民主に合流したが、強硬な脱原発路線の政党であった)。

なお、維新の会は、玉木代表を悪者にし(※)、前原らとの協力は続けようとしている。国民民主党も、合意を事実上破棄しながら、つまり維新が当然静岡での候補者擁立を模索するのに、京都では維新の候補を支持するという方針のようで、これも理解し難い。普通は、玉木が悪ければ代表辞任、前原と榛葉の独断なら両者の代表代行、幹事長の辞任、どちらであっても維新への謝罪だ。その上で、選挙協力をやめるか、違う条件で継続するかの相談となるべきだ。ともかく、維新からすれば、支配地域拡大の要である京都で、一方的に協力してもらえるのだから、最高だ。それに、国民民主党の党内で、維新に協力する事についての溝があるなら、むしろ国民民主党を割って、その一部を吸収するチャンスである。

上で維新は「甘い」としたが違った。国民民主党が甘いのだ。しかし国民民主党が自民党と連立を組めば、維新は苦しいだろう。自民党が岸田・国民民主側と、安倍・菅・維新側に分化し、さらに後者が有利になったり、自民党が分裂まですれば話は別だが。これを期待するのは、それこそ甘い)。

※ 筆者は、玉木よりも前原の路線の方がまだ理解できるが、今回の事に関しては、前原代表代行、榛葉幹事長が、党内手続きを軽視したと言わざるを得ない。ただ玉木代表も、選挙協力の条件を確認しなかったのだろうから(確認したのに嘘をつかれた?)、党首失格だとは思う。

 

今回の国民民主党の動きに批判的である筆者のような人間を、考えが古いとする人もけっこう多いようだ。国民民主党の支持者と、左派政党を弱めたい人なら、そのような見方を戦略的に示すことは理解できる。しかしそうでなければ、納得はもちろん、理解もできない。理由は次の通りだ。

筆者もトリガー条項凍結解除には賛成だ(唯一、最善の解決策とは思わないとしても)。だが、国民民主党が優位政党の予算全体に賛成し、常に強い政党に付く公明党にお願いをして、今の残酷な非常時(ウクライナが侵略される事態)を、少なくとも結果的にはアピールするチャンスとして利用する事に、嫌悪感を覚える。野党間で政策等を競うのは良い事だが、それが共倒れや、自民へのすり寄り競争になっては、状況が悪化するだけである。政党制を変えなければ、【事実上の一党制。他の党は衛星政党】という未来しかなくなる。それは何としてでも回避せねばと思う。

ましてや今、与党は両院で過半数を超えている。国民民主党の賛否は、直接は予算、他の法案の成否に影響しない。キャスティングボートを握っているのなら、戦略的に、限定的に自民党に要求をし、政策を実現させることも理解できる。しかし困っていない者を助けるのは、押しかけだ。相手がそれを嫌がらないという事は、押しかける側に利用価値があるからだ。共に国民の下を考えていたら、いつの間にか仲良くなっていたと言うほど、自民党は善良であろうか(そんな善良さを求めるのは、それこそ「お花畑」であるが)。

最近、緊急事態条項を憲法に設ける事に、賛成の国民が増えているようだだがしかし、一党優位で緊急事態条項など、混ぜるなキケン以外の何ものでもない(しかも野党の権力監視を軽蔑するような、今の風潮で)。権力は、それそのものが危険という以上に、それを警戒しない事が危険なのだ。そこまで従順にならなくても、日本国民はすでに、従順すぎるくらいに従順だと思う。

確かに国難の時、国民民主の「対決よりも解決」という姿勢が評価されるのは分かる。しかしそこに、1党優位がさらに強化される、(いざという時)国民が選択できない政党システムになる(※)等の弊害がある事も、同時に認識しないと、それはあまりに純粋すぎて危険だ。

※ 他の政党が国民民主党のまねをすると(すでに公明、維新、国民民主が自民党に協力的になり、取引きをする政党になっている)、自民党に他の政党がほとんど、利益団体のようになってぶら下がる構図になる(政権交代の定着している国と違って、優位政党にぶら下がらないと不利益を被る、希望が実現しにくい)。そうなると、優位政党と対等に議論すべき野党第1党が、ますます反対ばかりになる(そうでないと他の野党と同じになってしまう)。自民党と野党第1党の力の差が、さらに拡大し、事実上の1党独裁体制になる。

 

国民民主党が、馬鹿にされながらも、ひたむきに立憲や共産の路線を修正しようとしていたなら(特に安全保障)、筆者にとっては最も評価できる政党になっていた(確かに投票するかと言うと、野党第1党に投票していたと思うが、それでも、立憲が(変わらずに)横柄であり(泉代表は玉木代表らに対して横柄ではないと思うが)、国民民主党が左派陣営に半永久的に留まる事を確信できて、さらに良い影響を与えると思えば、投票するようになっていたかもしれない)。筆者は総選挙後もしばらくは、国民民主党に期待したいと思っていた。立憲と維新を結び付けるなど、小党だからこそできる事があると思っていたからだ(そのためにも、同党が過半数割れの自民党と組むかどうかで、その本当の路線を確かめられると期待したが、それすら許されない選挙結果となってしまった)。しかしもう、軽蔑せざるを得ない政党になってしまった。

「軽蔑」とは、言葉が強すぎるかも知れないが、筆者が一番大事だと確信する部分で失望したので、どうしようもない。筆者はどうしても、公明党と国民民主党を軽蔑の目で見てしまうのだが、両党に良い面がないわけではない。相手を否定する姿勢は決して良くはないから、この気持ちを抑えて、現実に向き合いたいとも思っている。

 

略称問題で忘れがちな、旧国民民主と新国民民主の別→

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