日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
略称問題で忘れがちな、旧国民民主と新国民民主の別

略称問題で忘れがちな、旧国民民主と新国民民主の別

筆者の知人で、投票所であきれたと言う人がいる。立憲民主党と国民民主党の略称が、同じ「民主党」であったからだ。筆者もおかしなことだとは思っていたが、報道で事の推移をある程度知っていたし、こういった野党の未熟さに、少し慣れてしまっていたところもある。今回は、ミス(互いに相手も「民主党」を比例区の略称として使う事を知らなかった)であるように言われているが、もし意図的であれば、国民に対しても誠意がなさ過ぎる。

実際には調整不足であったのだろう(双方の溝も拡大していたし、調整も難しい)。と見るべきだなぜこうなったかといえば、少しでも票を得ようとする作戦と、これも意地と、そして調整不足だ。立憲も国民民主もどっちもどっちだとは思うが、筆者はより、国民民主党に否定的である。なぜなら、新立憲民主党の略称が「民主党」となったのは、法的手続きに限らず、見た目の上でも対等合併にこだわっていた、旧国民民主党(玉木代表)に対する、旧立憲民主党の譲歩によるからだ(※)。上の経緯がありながら玉木は、知名度の残る民主党という名称を引き続き略称に使う事で、劣勢を補おうとしていたのだろう。いや、「引き続き」としたが、旧国民民主党と、新国民民主党は別の政党である。であれば「引き続き」ではなく「改めて」民主党を略称に使ったということになる。

※ 旧国民民主党は、旧立憲民主党に吸収されるのではなく、新党を結成する形での、対等な合流を求めていた(玉木はもともと、分裂後の民進党系の再結集に肯定的であったが、自らに不利な状況、立憲の高圧的な姿勢―その背景には、希望の党騒動の遺恨もある―、党内の一部の反対を見て、消極的になったと思われる)。旧国民民主党は党名についても、民主的な手続きで決め直す事を求めていた。その当時、旧国民民主党内では「民主党」が考えられていたと言われる(旧国民民主党結成時にも、党名を民主党とする案があったが、旧立憲が当時、略称を民主党としていたため、実現しなかった。そう、略称に民主党を用いたのは、旧立憲が先なのであり、旧国民民主は、その時には、民進党と希望の党であったのだ)。結局、「立憲民主党」、略称「民主党」にするところまで立憲が譲歩し、さらには、立憲民主党か民主党か、合流の際に、代表と同じく、選挙で決める事となった。この案で、玉木旧国民民主代表は、旧立憲との合流を決めたのである。こうしてできたのが今の立憲民主党(略称民主党)という新党だ。そう、玉木は合流を決めたのである。ただ自分は参加せず、新たに国民民主党を結成するという決断をしたに過ぎない。この新党としての国民民主党が、旧国民民主党と同じく、略称を民主党としたのである。筆者はむしろ立憲に分があると思うが、少なくとも、旧立憲が後から、旧国民と同じ「民主党」を略称にしたと言う事実はないと言える。今の立憲と国民は、どちらも新党であり、どちらが先と言う話はおかしい。

 

このような事を書いていたら、2022年の参院選を前に、またもや立国両党が、共に「民主党」を略称にしようとして、物議を醸す様子を目にする事になった。立憲が挙げた理由の一つには、この略称を捨ててしまうと、(国民民主党も捨てた場合には)他の勢力が、「民主党」名乗って票を集めてしまうという事があった。民主党でも知名度はあるから、間違って入れる人は一定数いるかも知れない。N国党系のように、票をかき集めて何とか1議席を得ようとする政党が、利用することはあり得る(現に、同党が民主党に改称するという案を、立花代表も口にしていたし、同党は参院選に、人気のある山本れいわ代表と、同姓同名の人物を立てる方針だ)。これは、国民民主党も「民主党」を捨てた場合に初めて起こることだし(捨てなくても、他の政党が同一の略称を用いる可能性はある)、立憲、国民のどちらの「民主党」に入れれば良いか決められず、「民主党」と書いた、民主党時代からの支持者もいたと聞く(直接聞いたわけではないから定かではないが、あり得る事だとは思う)。

一方だけが略称を民主党でなくした場合、相手が得をするということも考えられるが、むしろ「民主党」の略称をやめて、やめた事、つまり民主党(的なもの)からの脱皮をアピールした方が、評価されるという面もあるだろう。ついでに過去の総括を明確に示せば、なおさらである。もう、両党とも「民主党」を捨てて、票を失ってでも出直すくらいの覚悟を、示すべき時かも知れない。

筆者がこれについて断言できないのは、やはり野党第1党が少しでも議席を伸ばし、優位政党と対等に近づく事が必要だと思うからだ。

 

小党の3つの役割→

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