1-16民主党の成長と発育不全1.政権交代論

それ以外の幼さ

民主党の政権党の経験は、貴重であるし、次につなげ、政権交代がなくならないようにしなければならない。しかしそのために絶対にすべきことを、民進党系はしていない。1党優位制に何より否定的であり、民進党系についつい甘くなってしまう筆者も、絶対に譲れないことである。それはもちろん、民主党政権失敗の総括だ。

民主党は2009年、初めて与党を経験したに近い状況であった(民主党結成時からの議員は自社さ連立で与党を経験しており、小沢ら一部は自民党内、あるいは細川、羽田内閣において与党を経験していた)。失敗するのは当たり前である。それでも、有権者はそれを支え、自民党に代わる有効な選択肢を得るようにしなければならない(あるいは見限るならば第2党を交換しなければならないが、最後の手段である)。しかし当の本人たちの総括が不十分である以上、再び政権に就けるのは怖いと言われても、それは仕方がない。民進党系、社民党、自由党が合流するのに大賛成の筆者も、社民党の連立離脱、小沢派の民主党離党のような事態が繰り返されないための3党間の議論と合意、というよりも連帯意識の醸成は、絶対に必要だと考えている。

民進党系が政権運営の失敗を国民に詫びて、改善策といえるものを打ち出すことは、自らにプラスになると思う。そのために筆者が期待していたのは、維新の党であった。維新の党が民主党と合流することで、改革政党の視点から民主党政権の失敗と改善策を論じ、民主党→民進党の再生に一役買って欲しいと考えていた。もちろん民主党と維新の党では政策が異なっていたが、互いに歩み寄ることは、必ずしも、何でもあいまいにするということではなく、立場の比較的弱い人々を守りつつ、改革を実現するために有意義だと思ったのである。公務員の労組を支持母体に持つ民主党が、公務員の痛みを伴う改革を唱える維新の党と一つになれば、一方的ではない、つまり国民をいたずらに分断しない形で、改革を掲げることもできるのではないかと考えた。

合流は実現したが、筆者の考えは甘すぎたと反省している。維新の党の約半数は、民主党の人気が落ちてから離党し、大政党で選挙を戦うために復党した議員達であった。政権獲得後に民主党が変わってしまったから離党したのだと言うのなら、それこそ、合流の際に総括を強く求めるべきであった(当初の、改革に積極的であった民主党の姿勢には、後の第3極に通じるところもあった)。

それに、いくら希望の党への合流が党の決定であったとしても、民主党→日本維新の会→維新の党→民進党→希望の党→国民民主党と歩んだ議員には、短期間に2回も出戻ったという面がある(届け出上は民主党が民進党に、さらに国民民主党に改称したのである。また、1回目に戻ってから2回目に戻るまで、たったの2年ほどしかたっていない)。

他党にも迷惑をかけている。維新の党の出身者の多くは、共産党との共闘に肯定的であったはずだ。それが希望の党に参加することで、共産党どころか、立憲民主党まで敵としたのだ。言い分はあるとしても、傍から見れば情けないことであるという自覚は、持っていて欲しいと思う。以前、第2党の合流と分裂が繰り返されてきた歴史を紹介したが、この「出戻り型再編」の繰り返しは、ここ数年で初めて見られた現象である。らせん階段を上らない、無意味な繰り返しであるどころか、らせん階段を駆け下りているのだといえる。失った信用を取り戻すどころか、さらに失う行為である。