1-20期待の星、第3極の新党の問題点1.政権交代論

第1、2極に引き裂かれる

すでに見たように、第3極は必ずと言って良いほど引き裂かれる。なぜそうなるかを、改めて考えたい。とは言っても、考える必要もないくらい単純なことである。

第3極は当然、第1、2極よりは小さい。度々、あるいは長期的に第2党になる勢力を、第3極とは呼びにくい。後発の勢力であれば、しばらくは呼ばれるかも知れないが、時間の問題だろう。

第3極であったとして良いとは思うが、やや微妙な例としては、立憲政友会の離党者達が結成した、政友本党がある。第1党として誕生したにもかかわらず、総選挙で議席を減らし、それでも第2党であったが、思いのほか安定せず、立憲政友会に戻る議員達と、憲政会と合流する議員達に分かれた。第1党として誕生してもそうなるほど、既成政党の壁は厚いのだ。

単独で状況を変えることが出来ないのが第3極であるのなら、その理念、政策を実現するためには既成政党と組まざるを得ない。一番有利なのは、与党と組むことである(与党が困っていて、相手にしてもらえればという条件はつく)。しかし1党優位制下の与党とはほとんどの場合、既存の政治の象徴のようなものであるから、本来第3極にとって、第2極以上に倒さなければならない敵である(ただし日本維新の会―の大阪派―の場合は、大阪府、大阪市の改革において、公務員の労働組合が障害となったこともあり、自民党以上に民主党→民進党に批判的である。そして自民党も、左の強硬的な大政党-民主党→民進党-のイメージを悪くするために、同党を利用した)。

そうであれば、野党第1党と組むべきだということになるが、政権をなかなか取れないでいる野党第1党と組んで政権交代を実現させるのは、非常に険しい道である。このため、なんとか優位政党(与党第1党)と組もうとする議院達と、やはり第2党(野党第1党)と組もうという議員達に裂かれたのが、帝国議会開設以来、特に冷戦終結後の第3極であり、このような分裂は、もはや宿命だといえる(帝国議会開設当初は、議院内閣制ではなかったから複雑だが、そういえるようなことが多々あった。詳しくは『キーワードで考える日本政党史』参照)。民主党が政権を獲得して以降の新党、つまり明確に第3極と呼ばれるようになって以降の新党の分裂について、もう少し詳しく、確認しておきたい。