日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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野党候補の統一予備選挙 註

イギリスは例外かも知れない。『政権交代論』でも述べたが、難しい状況となっている。スコットランドでは、国政選挙においても、労働党ではなくスコットランド国民党に票が集まるようになっている。イングランドよりも苦しく、対抗心を持 …

維新の会は自民党に逆らえるか

検察庁法改正案の例を見ても分かるように、維新の会は政権交代が不可能だと考え、いや最初から自民党に対抗する気などなく、自らの政策を少しでも実現するために、自民党を守ろうとしている(それで成功して野党第1党にまでなったら、今 …

維新の会の最大の問題点

筆者は維新の会を日本に必要な政党だと考えている。ただし、自民党を利することがない限りにおいてである。現実には、維新の会は大阪での政策実現のために、優位政党である自民党の力を必要とする。日本がまだまだ中央集権だからだ。それ …

ノルウェー

スウェーデンからの独立へと進む中、親スウェーデンの面がある保守派と、独立志向の強い自由派の対立があった。自由派は農民と協力し、自由党(左翼党)として政党化されていった。そして1884年に政権を獲得し、保守党と自由党が交互 …

デンマーク

デンマークでは、自由派(左翼党を結成、現在の正式名称は左翼・デンマーク自由党である。)、新たに下院に進出した社会民主党(1871年結成)が、下院を基盤とする内閣の成立を主張した。1859年から1865年は基本的に、民族主 …

イギリス

※19世紀については、特に君塚直隆『イギリス二大政党制への道』を参照した。   イギリス国協会でない、カトリックの国王を認めるかという問題について、貴族院と庶民院に、容認派のトーリと反対派のホイッグが形成され、 …

序章 ~第1回総選挙まで~

① 明治六年の政変 明治新政府を実際に動かしていたのは、明治維新の原動力となった、薩摩、長州、土佐、肥前4藩の藩士達であった。彼らは参議という地位に就いていた。その一部であり、欧米を周る岩倉使節団の留守を預かっていた者達 …

小沢自由党の変遷

自由党が登場したから、新生党からの同党の系譜に対する筆者の考えを、繰り返しとなる部分もあるが、述べておきたい。 まず、羽田・小沢派が、自民党を離党して新生党を結成したことで、自民党の衆議院における過半数割れ、さらには政権 …

戦前の政権交代は順序が逆だった

戦前は天皇が総理大臣を選ぶ制度であったから、そもそも国民は政権選択をしようがなかった。それでも民主化は進んだ。だからこそ、戦後の本格的な民主化が容易に進んだという面もある。しかし残念ながら、国民が自ら政権を選択するという …

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