日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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第3章 ~1894年3月、第3回総選挙~

① 選挙結果 自由党119、立憲改進党51、国民協会32、同志政社24、同盟政社19、 政務調査所5、無所属50、計300 第2次伊藤内閣は選挙干渉を基本的には行わなかった。結果は自由党が伸びて、第2回総選挙、及びその後 …

第2章 ~1892年2月、第2回総選挙~

① 選挙干渉の結果、中央交渉部の結成 自由党96、立憲改進党38、他166(→独立倶楽部21、中央交渉部84)、計300 品川弥二郎内務大臣の激しい選挙干渉により、2大民党の合計議席は過半数を割り込んだ。そして大成会系、 …

第1章 ~1890年7月、第1回総選挙~

① 選挙制度 選挙権は直接国税を年15円以上納めた25歳以上の男子、被選挙権は同様の30歳以上の男子にあり、小選挙区制であった(214の1人区の他に43の完全連記制―定数と同じ数の後者に投じる―の2人区の計300議席)。 …

3-19. 実業派の誕生

第2回総選挙後、吏党系の分裂によって誕生した実業団体は、()付きで中立実業派に分類している。吏党系の分派という面を持っており、吏党系と何が変わったのかが定かでない以上、中立と断言して良いのか、難しいところである。しかしど …

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