日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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歴史・戦後編No.6~10

歴史・戦後編No.6 55年体制成立前には、55年体制以外の各時代と、似たような事が起こっています。21世紀に入ってからの民主党への政権交代と自民党への戻りを除き、選挙による政権交代と言われるものには図の3つがありますが …

万年野党の支持基盤を続けてきた連合の、不満も分かる

戦後、労組の連合体は2つあった(これらの全国中央組織をナショナルセンターと呼ぶ)。戦前の総同盟(友愛会→大日本労働組合総同盟友愛会→日本労働総同盟。戦時中は戦時体制―大日本産業報国会―に組み込まれた)を引き継ぐ同盟(日本 …

繰り返しの中の自民党の在り方と、野党の苦悩

優位政党がクライエンテリズム(票や資金を出してくれる団体、または選挙区に、利益となる政治をする―利益とは、日本では許認可、補助金、税制優遇措置、公共事業、規制などだが、国によっては、もっと直接的なものもあり得る―)に染ま …

一つの考えだけが正しいなどということはない

一つの考えだけが正しいというのは、「社会主義、共産主義は正しいから、共産党だけ存在していれば良いのだ。」というのと変わらない。国内外の様々な状況によって、社会民主主義的な方向が良かったり、新自由主義的な方向が良かったり、 …

「保守」対社民が基本パターン

1955年、保守勢力の結集が自民党結成によって完結した後、野党第1党は、新進党を除けば、社会民主主義的な性格を持つ政党であった。勢いを見せていた社会党に政権を取らせないために、保守勢力が結集したという面が大きかったから、 …

民主党→民進党よ共産党を切れ!と簡単に言うな

共産党を切れ、ということについても、労組の場合とほぼ同じである。政権交代を実現した2009年の総選挙では、確かに共産党が候補者を減らしていなくても、民主党は過半数を取れていただろう。しかしこれは、すでに述べたように奇跡的 …

社会党の不運と中道の限界

いよいよ日本社会党である。社会主義、非武装中立という非現実的な志向を持つものの、党内では優位にあった左派と、党を西欧の社会民主主義政党のようなものにしようとする右派との対立、左派の優位によって、ついに自力での政権交代を果 …

社会党と民進党だけではない、戦前からの弱かった挑戦者たち

日本の第2党はなぜ、弱いのか。これに対しては日本社会党(の左派)が社会主義陣営に寄り過ぎていた、言い方を変えれば非現実的であったという答えがある。日本社会党の左派は、非武装中立を志向しており、社会主義国を目指していたが、 …

社会(民主)主義以外の全政党が合体してできた自民党 アメリカの支援も

自民党は、歴史の長い政官財の癒着構造の中で、大量の資金、票を得てきた。それを実現することができたのは、財界の支持を受ける勢力が結集した政党であるからだ。 官僚の中には社会主義的な官僚もいたが、それらですら、社会党の独占と …

日本社会党系の苦悩

※『政党、会派の系譜』の「主要政党・派閥簡略系譜」のような、簡易的な政党の変遷を参照しながら読んで頂けると分かりやすくなると思う。   次に、自民党誕生後、つまり五十五年体制下の万年第2党、日本社会党の系譜を見 …

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