日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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歴史・戦後編No.6~10

歴史・戦後編No.6 55年体制成立前には、55年体制以外の各時代と、似たような事が起こっています。21世紀に入ってからの民主党への政権交代と自民党への戻りを除き、選挙による政権交代と言われるものには図の3つがありますが …

歴史・戦前編No.14~18

歴史・戦前編No.14 戦前の補足です。政党の再編が、その性格の明確化(選挙における明確な選択肢へ)、時代の変化への適応(有効な選択肢へ)に準じたものであったかを考えたいと思います。その参考例としてイギリスについてまとめ …

歴史・戦前編No.7~13

歴史・戦前編No.7 政党が民意を見て、立ち位置、政策、理念を変化させる事はあって当然だと思います。しかし日本の場合、自由党系優位である事が多かったとはいえ、一応ライバルであった大政党が、重要問題で短期間に入れかわるよう …

1党優位の傾向・野党再編(①)~変化のためには不可避であった政界再編~

第11回総選挙は第10回総選挙と同じく、政友会内閣の下での選挙であったから、立憲政友会が不利になるとは考えられなかった。一方、都市部での変化(実業家等の無所属の候補が多く当選。第10章実業派の動き・選挙制度の影響・野党再 …

歴史・戦前編No.1~6

歴史・戦前編No.1 知識不足ですが、No.2で日本の場合を見て比較するため、参考例として整理してみました。議会政治も政党も少しずつ進歩し、整備されるものですが、始まりと初期の歩みにヒントがあるという面も大きいと思ってい …

実業派の動き・選挙制度の影響(①⑦)~市部もほぼ現状維持~

各政党、会派の議席数を総選挙前、総選挙の結果、第29回帝国議会開院当日の順に記し、()内には北海道3区を除く市部選挙区選出議員の数を記した。 立憲政友会: 206(26) → 205(33) → 212(34) 立憲国民 …

1党優位の傾向・(準)与党の不振(①⑦)~変わらない結果~

与党という有利な立場にあった立憲政友会は、選挙前の議席をほぼ維持した。1議席減らしはしたのだが、元が多かったし、それは前の第10回総選挙の後の、入党者によって増えたものであった。第10回と11回の総選挙の結果をと比べると …

第10章 ~1908年5月、第10回総選挙~

立憲政友会7増の187議席(過半数まであと3議席)、憲政本党17減の70議席、大同倶楽部30減の29議席、猶興会7減の29議席、無所属は64(選挙前は16)、計379議席。 ※会派の離合集散に関して、個々の議員の動きにつ …

第8章 ~1903年3月~

①選挙結果 立憲政友会181、憲政本党84、帝国党17、壬寅会15、新潟進歩党7、 無所属72(→中正倶楽部25、政友倶楽部13)、計376 立憲政友会、憲政本党の2大政党は前職優先の選挙協力をしたが、議席を少し減らした …

第7章

①選挙制度 衆議院議員選挙法の改正(第6章⑪参照)により、府県単位の大選挙区制となった(さらなる同法改正により、新たに人口3万人以上となった市、人口要件を満たしており、新たに市制が導入された市が独立した選挙区となり、横浜 …

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