1-01はじめに1.政権交代論

はじめに ~日本の内と外の脅威~

「政権交代が起こる政治を定着させなければ日本は駄目になる。」 こう言うと、たいていの場合笑われる。民主党政権と比べれば、安倍内閣はずっと良いと。確かに安倍内閣は民主党政権よりも積極的に動いているし、経済も上向いているように見える。民主党は自らの政権に関してまともな総括をしていないし、その後継の民進党は大分裂を起こし、深刻な状態にある。

しかし長い目で見た場合はどうであろうか。少子高齢化の加速、我国の周辺だけに限らない、重要な国々の危うさをはらむ変化、そして核廃棄物の処理など、先送りした課題がたまっているエネルギー問題・・・。日本はこれから多くの困難に直面する。その時に、政権の中心となり得る政党が一つだけで良いのか。

良いはずはない、と筆者は考えている。今は例えるなら、電車が止まっても振替輸送の手段がない状況なのだ。電車が止まってから、さびついた他の路線やバスを持ち出しても、動かないか、大事故になるだろう。あるいは例えるなら、病院を選べない状況だ。ある病院が優れているといっても、競争相手がいないまま時が経てば分からない。仮に値段がどんどん上がっても、質がどんどん悪くなっても、通い続けるしかない。また病院の側も、経営についてじっくり考えたり、新たな治療等について学んだり、リフレッシュしたりする余裕もないまま、日々働き続けることになる。もちろん、セカンドオピニオンなどあったものではない。健全な競争と、代わりになるものは必要だ。

我国は中国、ロシア、北朝鮮といった、国際的な常識が通じないことが多々ある、警戒すべき国々を周辺に持っている。そして長年頼ってきたアメリカが、ずっと変わらずに在るかわからないということが、明らかになりかけている。これらは外の脅威である。これだけの脅威がある中、問題が多すぎる民進党系に、政権を任せるわけにはいかないというのも分かる。

しかしどのような国であっても、外だけではなく、外と内、両方の脅威に備える必要がある。内なる脅威とは、現在の国の体勢を悪い方向へと変える動きである。例えば独裁政治の出現や、社会主義革命である。それが例えその時の国民に支持をされたとしても、だから良いということはできない。国民が多くのことを知らされていない状況下であれば、なおさらである。

共産党が革命を起こそうとするなら、取り締まられるであろう。しかし、保守、つまり優位政党である自民党(の中心)が、徐々に国民から自由を奪うことは考えられないだろうか。

まさか、と思う人が多いだろう。筆者もそこまで心配はしていない。しかし北朝鮮がミサイルを日本の領土に撃ってくるという可能性についても、筆者は恥ずかしながら、それほど心配していなかった。そういうことなのである。外の脅威から国を守る手段を整え、内に、民主主義と自由の後退を避けるための手段を整える。大きな心配はなくても整える。これが主権者たる国民が為すべき最低限のことなのである。もちろん、政権を担うべき民進党系についても、早急に手を打たなければならない。日本の第2党がなぜ問題の多いものになってしまったのか、その理由はこれから述べるように、幸いにも明確である。改善可能だということだ。

思い起こせば、日本がかつて無謀な戦争に突き進んだ背景にも、内と外、2つの脅威があった。「外」とはもちろん、日本の台頭を阻もうとする国々(もちろん日本も他国にとっての脅威であった)、内なる脅威とは、独走する軍部である(国民の支持を失い、軍部に抵抗しようとしなかった多くの議員達も「脅威」に含めて良いだろう)。その当時は社会主義革命が起こる危険性もなかったわけではないが、むしろそれを口述に国民の自由が奪われていたことのほうが、「脅威」であったといえる。

さらに、いま欧米で起こっていること、民主政においてヒトラーによる独裁が生じたドイツの経験を思い起こせば、内に生じる脅威について、われわれ国民が意識して全力で予防する必要があることは確かだといえる。外敵から国が守られても、民主制が死ぬことがあっては元も子もない。

もう一つ気になることがある、それは党内力学の変化による自民党の右傾化、政権交代へと前進していた民主党に対する国民の賛否の別を推進剤として、日本人の左右への分化が進んだことだ。この傾向には、まだ日本人全体を2分化する勢いはない。しかし偏った報道をするマスコミを補完すべきインターネット上の言論は、時にマスコミ以上に偏っている。右派と左派が互いにののしり合い、味方の問題には向き合おうとしない。ここにも、外の脅威と内なる脅威のどちらを危険視するかという問題が関わっている。どちらかが勝って日本を危機が陥るか、または勝者なき混とんとした状況が、日本を危機に陥れる懸念がある。日本人を2分化まではさせない議論が必要である。

自民党はなぜ、他の政党よりもましなのか。それは明治以来経験を積んで来たからである。これから見ていくが、自民党の先祖が初めて政権を担った第一次大隈内閣は、民主党政権など相手にならないような、内部対立、迷走を見せたし、国会を一度も経験しないまま、わずか4ヶ月半で崩壊した。それから学習や再編、政権の獲得、喪失を繰り返し、1人前になったのである。そのような1人前の政党がもう一つ欲しい。今ならまだ何とか間に合う。そんな気持ちで筆をとったところである。

なお、「学習や再編、政権の獲得、喪失を繰り返し」としたが、日本の政党史は驚くくらい、繰り返しにあふれている。それがらせん階段の如く、すこしずつ上に向かうものであればよいのだが、ほとんど上には向かわず、無意味に繰り返されている事象が多い。ここではそれらについて見ていく。それらから早急に、教訓を得る必要がある。

ところで2016年、小池百合子が都知事となって喝さいを浴びた。敵は東京都連だ。しかし小池は当時自民党員であった。東京都連というのも、自民党の東京都連のことである。これは「やらせ」ではないか。そんなことを思った筆者はひねくれ者なのだろうか。

確かにやらせではないだろう。しかし小池は2005年に兵庫県内から東京都内に選挙区を替えた。それから10年以上、自民党の東京都連に属していたのである。舛添前都知事が辞任する前まで、自民党東京都連の在り方を問題にしたことはあったのだろうか。筆者が知る限りは無い。国政におけるさらなる上昇の機会をつかむ展望が開けない時、東京都知事選に出馬するチャンスがやって来て、自民党の支持を得られなかったから、東京都連を敵役に選んだとしか考えられない。それより前から都連に不満があったのだとしたら、保身のために黙っていたのだということになる(それとも、いつか立ち上がろうと機会をうかがっていたというのだろうか)。大阪府の自公両党の支援を得て大阪府知事に当選したにもかかわらず、改革を遂行するために両党とも戦い、改革に賛成する仲間をつくった橋下徹とは違う。

オール与党体制の自治体も多い地方政治の問題点については、自民党だけでなく民主党→民進党にも責任がある場合も少なくない。しかし東京都では、民主党は独自に都知事候補を立てるなどしたことがあった(1999年、自民党が推薦を出していない2003年、2014年には推薦を出しており、2007年には特定の候補者をまとまって支援している。それすらなされなかったのは2011年と2012年だけだ)。それで負けたのだから、2009年に一度都議会第1党になったくらいでは、どうにもならなかったという言い訳が、一応はできる。

民主党が予算案から移転関連の部分を削除しようとしても、石原慎太郎知事が拒否権を発動すれば、今度は、都議会野党(民主党、共産党、生活者ネット)には手が届かない、3分の2という議席が必要となった。それでも予算案の附帯決議等によって、築地再整備を検討するため、移転の予算を凍結することにはなった。しかし石原知事は中間報告で再整備の優位性が示されなかったとして予算を執行、さらに、民主党が第1党ではあっても与野党が拮抗していた都議会において、民主党の議員を切り崩し、予算案も可決され得るようになった。その後民主党は、移転を拒んでいた水産仲卸業者が都と協議を始めたこと、築地場外鮮魚マーケットの新設が決まったことを理由に、土壌汚染対策を都が万全に行うことを条件に賛成した。移転が誤りであるなら。自公両党の方が明らかに責任は重い。そうでないなら小池知事の責任が最も重い。

1党優位は都政にも影を落としているといえる。さらに問題なのは、多くの地方自治体で、民主党→民進党が、このようなことすらできていないことである。

富山県議会では、民進党は自民党と同様に、政務活動費の不正受給問題で、議員辞職者を出している。それはなぜかといえば、地方では知事が共産党以外の各党の相乗りで、つまり多くの政党の支持を得て当選している場合が多いからだ。これがオール与党体制である。民進党も多くの自治体では「与党」なのである。自民党で起こる問題が、民進党で起こっても不思議ではないのだ。国政で第1党と第2党が対立していることが救いだ。

地方がこのような状況となっていることの要因は、第1党と第2党の不均衡である。つまり野党第1党が弱すぎるということである。

民進党系を叩く人々に言いたい。第2党として最低限の敬意を持ったうえでの批判、「喝」、または、改めてくれれば票を投じることも考えるというクレームならば良い。あるいは別の政党を直ちに、自民党に対抗するものに変えるビジョンがあるのなら、それも良い。しかしそうでないものは、日本の民主政を傷つける自傷行為だ。今すぐやめた方が良い。

2017年、民進党は大分裂を起こした。これに関して改めて述べるのは当然だが、とりあえず、立憲民主党、希望の党、民進党残部を民進党系と呼ぶことにした。分裂は野党第1党について考え直すため、そして、それまでの民主党→民進党、特に民主党政権を総括するためには良い機会である。筆者も今後に期待している(これについても改めて述べる)。

しかし、総選挙を目前に突然分裂するなどと言うことは、本来は言語道断である。分裂に意味があったと言うことは、それまで無駄にくっついていたということを、認めることである。関係者も、他の国民も反省しなければならない。

民進党系がこれ以上弱くなったら、公明党や日本維新の会のように、自民党に頼んで自らの政策の、ほんの一部を実現させてもらう政党になるだろう。その時、誰が与党を見張るのか。与党に問題がある場合、誰が取って代わるのか。これから述べるが、そんな勢力は都合よく現れないのだ。せいぜい国民を黙らせる、自民党内の政権交代という自作自演、または自民党離党者による、同じくやらせの政治劇がまっているだけだろう(自民党の離党者にも、本当に政治を変えようとする人々はいるが、これから見るように、残念ながら多くはそうでない動きになっている)。

筆者は国政選挙において、なるべく民主党→民進党に票を投じるようにしてきた。しかし民進党系を全面的に支持しているわけではない。防衛力の強化も必要だと思っている。ただ、1党優位制を断固として支持しないのである(ここで用いる「1党優位制」という言葉はサルトーリの「1党優位政党制」の定義に基本的には準ずるが、多少柔軟に用いる場合もある)。もう一つ言えば、現在では「右」とされる競争重視の大政党と、「左」の格差是正重視の大政党が共に必要だと考えているから、自民党に対抗する政党は、民進党系が良いと考えている。この左右の大政党による競争より良い政党制は、今のところ見出されていないと思う。民主制が問題だらけであっても、より良い制度が見出されていないのと同じである(もちろん国ごとに事情は異なるが、大まかにはそういえる。また日本は、例外とすべきほどに特殊ではない)。民進党に格差是正の能力があるのかどうか、そもそも民進党が国民の支持の下でつくられた政党だといえるのかどうかということも問題だし、むしろ教育無償化に積極的な日本維新の会の方が、格差是正の資質を持っているという見方もある。これらについては本連載で扱うが、筆者の考えは今のところ変わっていない。

自民党も民進党も、1党優位制も、日本人全員の鏡だ。右が左を笑うことも、左が右を笑うこともできない。他の先進国がしてきたように、有権者が、せめて2つは政党を育てなければならないと思う。制度の差異はあるし、問題も大いにあるが、韓国ですら政権交代を定着させてきている。毎年首相が交代していたのは、確かに日本人として恥ずかしい。しかし文化的な面やオリンピックに関して日本に注目が集まる時、ほとんどずっと1党優位制だというのも、外国人に対して恥ずかしいと筆者は思う。どちらも極端であり、当然問題があるのだ。

2017年6月、フランスの総選挙において、マクロン新大統領の新党である共和国前進が、ゼロから、全577のうちの308議席へと、大躍進を果たした。フランスではそもそも政党の発展が遅れていたが、それでも2ブロック化した多党制、2大政党制と呼べるものを経験してきた。もちろん政権交代の経験も豊富だ。それでも従来の政党制の崩壊は、期待と共に、危険性も指摘されている。これが駄目になった場合、いよいよ極右政党が台頭するというものだ。

日本で極右政党が台頭すると言いたいのではない。フランスのケースは、政権交代のある民主的な政治をしっかりと経験した上での変化だということを言いたいのだ。何事も基礎が大事、変化をつけることはその後だと言われる。他の先進国等の変化を、今の日本に直ちに当てはめて考えるのは危険だ。

1955年から今までの60年以上の間、自民党が野党だったのは、1993年8月からの10ヶ月と、2009年9月からの3年3ヶ月(民主党政権)、合わせてもおよそ4年間だけである。1955年より前も、基本的には似たような状況であった。自民党には功績があるが、同時に日本が抱える問題点のほとんどは自民党に責任がある。しかし日本人の多くは、経験不足の民進党(民主党)を責めるばかり、優位政党に身を委ねて流されるばかり。政府の問題点を、自分たちの手で軌道修正してきた国々の人々に、胸を張れるだろうか。

冷戦が終焉へと向かう1980年代末から、土井たか子を党首とする日本社会党、次に自民党を離党していた細川護熙が率いた日本新党や、自民党を離れた羽田・小沢派による新生党、次に自民党を壊す覚悟を示して見せた自民党の小泉純一郎、次に民主党、そして自民党を離党した渡辺喜美が率いたみんなの党や橋下徹の日本維新の会(橋下は大阪府の自民、公明両党の支援を得て大阪府知事に当選をし、大阪維新の会は自民党府議が離党して結成)、さらに都議会議員選挙の前に自民党を離党した小池百合子都知事の都民ファースト・・・。期待しては失望し、今に至る(今は立憲民主党だろうか)。しかし挑戦者をコロコロ変えては、真の挑戦者は育たない。どれか一つを辛抱強く育てなければならない。他の国々も試行錯誤してきている。先進国は長い時間をかけて政権交代可能な政党制を構築してきた。

上に挙げた社会党、日本新党や新生党、小泉自民党、民主党、みんなの党、日本維新の会、都民ファースト、立憲民主党のうち、日本社会党、民主党、立憲民主党以外は自民党から分かれ出たといえる政党であるか、自民党そのものである。日本人は社会党の系譜に期待をし、裏切られると自民党の離党者やアウトサイダーに期待、それに失望するとやはり(再編を経た)社会党の系譜、ということを短期間に繰り返しているのである。野党が育つはずがない。

「お上」を正すために「お上」に頼る。これは経験豊かな人々に頼るのだから手っ取り早い。しかし当然限界がある。上から与えられた「改革」をありがたがるだけでは、国民の手に決定権は「降りてこない」。降りてきたように見えるだけである。選択肢は自ら生むのが望ましいが、せめて育てなければならない。そろそろ腰を据えて、自民党とは別の選択肢を選定し、しっかりと時間をかけて育てなければならない

これからまず、日本の政治史に1党優位制となった原因を見つけたい。そして他の国々の例と比較をする。そして日本の現状を分析、さらに、他の国々の現状との比較を行い、1党優位制の問題点、改善策を示したいと思う。恐ろしいほど同じことを繰り返している日本の政治、政党の歴史を見ることで、それを脱するヒントを得ることも目指す。ぐるぐるとまわるのが宿命だとしても、せめてらせん階段を上って少しずつでも成長したい。

その前に少し、筆者の十代の頃の思い出話につきあってほしい。日本の政治の矛盾が凝縮されていると思うからだ。

「冷戦終結当時の政治の変化~十代の筆者が感じた矛盾~」