日本の政党政治って、

外圧で開国し、外国の制度を取り入れて、1890年に議会ができた。 敗戦後、外圧によって、制度的に議院内閣制となった。それから約75年。 まだ、政権交代は定着しない。封建社会の延長にある、古い政党が優位政党をやっている・・ …

維新の会は自民党であり民主党であり公明党であり共産党でありれいわ新選組でありN国党である?

※ こちらは2021年の総選挙より前に書いて、公開していなかったものです。 維新の会は保守政党に分類され、その路線はかつての小泉自民党に近い。同時に、竹下派の流れが中心であった頃の、自民党のようになる可能性がある。大阪で …

(準)与党の不振・1列の関係・新民党(⑧)~郡制廃止案と非政友会連合~ 註

註1:『原敬日記』3巻31頁(1907年3月2日付)。なお1907年2月12日付の萬朝報は、憲政本党が郡制廃止法案に賛成であり、同法案を郡役所廃止の日より実施するという、郡の廃止と郡役所の廃止を一体のものとするような付帯 …

1列の関係(⑧⑨)~大石正巳、反吏党から野党大同団結へ~ 註

註1:薩長閥ではなく、政党のように、明確な理念、政策、組織のあるような勢力の一員になるのなら、本心がどうであれ、その組織と基本的には同じ理念、政策であると見られ、それに準じた行動もとることになるから、話は別である。 註2 …

2大民党制・第3極(⑧)~第22回議会の採決に見る衆議院の2ブロック化~ 註

註1:伊藤正徳編『加藤高明』上巻554~555頁。第1次桂内閣側の勢力の反感を買ったということが記されており、『国民新聞』が引用されている。原敬も、2月19日の日記(原奎一郎編『原敬日記』第2巻続篇315~316頁)など …

野党の2択(⑨)~憲政本党大石の変化、再編の芽~ 註

註1:貴族院を度外に置くというのも進歩的ではあるが、同院での予算、法案の可決を、大石はどうやって実現させようと考えていたのであろうか。考えられるのは、イギリスのように、総選挙で示された民意(与党の勝利)、世論を背景に、協 …

第3極・実業派の動き・離党者の性質・新民党(③他)~甲辰倶楽部の性格~ 註

註1:奉答文の再議を主張していたのは帝国党、中正倶楽部、交友倶楽部の非新潟進歩党系等であった。前山氏は、政策、方針の一致なく、提携のために憲政本党に議長を譲ったこと、その議長の奉答文を再議すべきだという自身の主張が容れら …

補足~離党者が続出した立憲政友会と、対外強硬派の動き~ 註

註1:例えば、1903年12月8日付の東京朝日新聞に、要求書を出した憲政本党の非提携派の議員の氏名が載せられているが、その36名は、同日の憲政本党84議席の42.9%である。その多くは、少なくとも当時は対外強硬派であった …

1列の関係・1党優位の傾向(⑦)~自由党系の地租増徴容認と利益誘導政治への転換~

転換東北地方府県会議員選挙において憲政党(自由党系)は、鉄道の国有化と促成、監獄費国庫支弁、港湾改修、教育機関の拡充等を唱えた。薩長閥が地租増徴を何としてでもやる決意であり、現実的にも歳入を増やす必要があれば、むしろこれ …