日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
民進党系の敗北

民進党系の敗北

政権交代の定着を最重要視することから、民主党の政権獲得、そして再度の政権獲得(与党時代の総括と、その経験を生かした政権運営)を願ってきた筆者にとって、国政選挙の結果は多くの場合、落胆させられるものであった(もちろん落胆させられるのは、選挙結果ばかりではない)。今回もそうだ。

確かに立憲民主党は、結成時ほど注目されておらず、それまでの民主党系と比べ、特に魅力的であったということもなかった(野党に戻ってからの民主党→民進党は左傾化しており、国民民主党よりも立憲民主党の路線に近かったのである。立憲民主党で変わったのは、原発の廃止について実際は消極的であったのが、積極的になったこと、民進党よりも規模が小さい新党であることから、統一性があるというイメージ、身近なボトムアップの政党であるというイメージが強まったことであろう。しかし実際には、結成の中心であった枝野代表ら執行部のトップダウン型である―緊急的にそうなったという面はあるが―)。

しかし、有権者が2017年の総選挙において、自らの手で野党第1党、つまり自民党に挑戦する第2党に選んだ政党が、その次の国政選挙で改選全124のうちわずか17議席・・・。2017年の結果と比べ、議席占有率がわずかに高いが、選挙制度が違う。今回の結果は、首相を出したために突如主張を大転換した、1995年の社会党の16(126中。新進党が40議席を得て第2党に)、野党に戻りボロボロであった2013年の民主党の17(121中)という、第2党(社会党の系譜)が最も振るわなかった時と同水準で、自民党にぶら下がる公明党とほとんどかわらない。資金力に乏しい新しい政党であるとは言っても、悪い結果である(公明党の得票数が減少傾向にあることについては、また改めて述べることとしたい)。

旧民進党系全体について見れば、元は同じ民進党であり、今回は友軍ということになった国民民主党が6議席、同様の、民主党系とし得る無所属が8議席(沖縄社会大衆党の1人を除く野党統一候補の当選者)、国民民主党と会派を組んでいたれいわ新選組が2議席で、計33議席である。2016年(前回)と比べるとやや少ない程度だと言える(2016年の獲得議席は、民進党は32だが、生活の党1、そして民進党系、生活の党系とし得る当選者が他に3名―そうとは言えない沖縄県選出の野党統一候補を除く―で、計36―生活の党を加えたのは、同党後継の自由党が、2019年には国民民主党に合流していることから、合わせてみた方が正確に比較できると考えたためで、同じ理由で2019年については、自由党から分かれてできたものの、民主党系と対立関係にはないれいわを含めた―)。民進党系の合計で見れば、前回より3少ないだけである(共産党が前回より1多く、社民党が変わらないから、左派野党全体では2016年より2議席少ない)。

しかし、2016年の結果で満足していてはいけないのである。2016年の結果は、2013年の最悪を脱したという点では、大いに評価できる。だがそれから3年が経ち、民進党の分裂によって、立憲民主党がイメージの「回復」に成功したように見られた中では、期待はずれの結果だと言わざるを得ない。民主党系の獲得議席が少しとは言っても減っているということは、回復への道を歩んでいないどころか、最悪な状態に戻り得ることを示している。

比例の得票率を見ると、立憲民主党と国民民主党で、2016年の民進党を上回っている。前者に生活の党、後者にれいわを足せばなおさらだ。2017年の総選挙(立憲民主党と希望の党の合計)と比べれば大きく下がっている(2019年にれいわを足しても約10%低い―2017年は自由党も当然れいわも戦っていない―)。国民民主党が希望の党のように、保守票を取り込めていないというだ。完全に旧民進党系の政党になったのだから、当然と言えば当然だ。よく、2017年の総選挙の得票率を見て、(維新の会を除く)野党が一丸となっていれば自民党に勝てたと言う人がいるが、決して相容れない左派野党と保守野党(希望の党)が分かれていたからこそ、合計の票を増やしたという面が、間違いなくある。これが組んでいたら、政権交代に期待して入る票が多少増えたかもしれないが、不満を持って離れる票が、特に希望の党の方に多かったと考えられる。簡単に足し算などできない。

なお、参院選は衆院の総選挙よりも投票率が低い傾向があるから、得票数を比較することはできないという人がいるが、野党の場合、総選挙で自らに票を投じてくれた人に、参院選でも投じてもらうだけの魅力、策がなければ、自民党には勝てない(理念や政策を転換する場合は、離れる分だけ得られる票がなければならない)。投票に行って立憲民主党に入れたいと思われなければならない。

今の民進党系にとっては、政党としての質を上げることが一番大事だ。それをすることで、考えが本来違う人々も含めて、幅広い国民の支持を得られるようになるのか、他に工夫する必要があるのか、そもそも無理なのか、見極めることも大切である。より右、より左へと、安易に迎合しなくても、成功することは可能だと、筆者は考えている。

今回の選挙結果を受けても、立憲民主党(中心の政党連合)への政権交代を目指す筆者の考えは、変わらない。当然である。「社会党しかない」、「新自由クラブか?」、「やっぱり土井の社会党だ!」、「日本新党などの保守新党だ!」、「もう共産党しかないのか?」、「小沢は強引で駄目だと思ったけど、だからこそ自由党に期待できるかも!?」、「民主党に期待するしかない!」、「自民党でも小泉は今までと違う!自民党を壊してくれそうだ」、「やっぱり民主党しかない!」、「みんなの党のほうがいいかも?」、「日本維新の会だ!」、「小池新党だ!」、「やっぱり立憲民主党だ!」と、自民党に不満を持ちつつ、その挑戦者について目移りしてきた日本人、それでいて結局、社会党の流れを第2党にとどめた日本人にとって、たとえそれが求める理想に出会えなかった、「かわいそうな」日本人であったとしても、現在第2党であり、社会党の流れを汲む立憲民主党は、とりあえずは最後の挑戦者であるべきだ(1996年の総選挙では、五十五年体制が成立してから現在まで、唯一、社会党系以外の政党が第2党になったが、その新進党は、多くの政党、会派が合流したものであり、総選挙の前から第2党であり、議席数は4減で、定数も511から500に減っていたから、選挙前と同水準であった。1995年の参院選では、有権者が社会党から新進党へと、第2党を取りかえたのだとも言えるが、新進党は当時すでに衆議院第2党であった)。

 

立憲民主党の敗北→

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