1.政権交代論

帝政ドイツとの差異(④)~実業家層と地主層~

ドイツ帝国成立前のプロイセンの下院には、保守派、自由派、民主派という議員の大まかな区分があった。その自由派の中から最初の本格的な政党が誕生した。それは商工業者を主な支持基盤とする進歩党であり、そこからドイツ帝国の、左派と右派の自由主義政党が誕生した。政府の政策の恩恵を受けた右派は(準)与党に、そうでない左派は(準)野党となった。中小の商工業者を基盤とした左派は消極財政志向であったが、大規模事業者を基盤とした右派は、政府と近づくことによって、事業における利益を得ようとする傾向が強かったからである。自由派は、地主でもある貴族の利害を代弁していた、保守派に対抗する必要があった。日本ではこのような保守派は存在せず(民党の系譜が保守政党と見なされるのは先のことである)、実業派が体制側、地主層が対抗勢力であった。例外はもちろん多々あるが、ドイツ帝国とはおおむね逆であったといえる。日本の実業家の、独自の政党、明確な支持政党を持たず、その一部が大勢力に連なっているに過ぎないという状況は、政治情勢、経済情勢の変化によって、彼らの利害が埋没する危険をはらんでいた。特に税制についてそれがいえる。もちろんドイツ帝国においても、実業派の利害が聞き入れられないことはあった。しかし、彼らは特定の大政党を通して、独自に影響力を行使し得たのである。