れいわ新選組と維新の会の連携は・・・

れいわ新選組と維新の会の協力はあり得るのか、もちろんあり得ないと思うが、少しだけ述べておきたい。

れいわは社民系に比較的近い左派ポピュリズム政党だと言える。維新は新自由主義政党であり、右派ポピュリズム的な面もある。機会の平等を重視する姿勢は、新自由主義を積極的に取り入れていた当時の、欧米の社民系(いわゆる「第三の道」)とも重なる。このこと、その自由主義的性格から、中道とも捉え得る。主張は明確だと言えるが、その中道的な性格の裏には、右の色(経済ではなく文化の面で)もちらつく。党内の上下関係も厳しいように見える(国会議員を頂点とする他党とも違うし、これはあくまでも筆者の印象だが)。その源流の日本維新の会には、かつて最も右の国政政党であったたちあがれ日本が合流したし、それと別れてからも、そのような色が残っているように見える。政権党とはまた別に敵を設定して、それを攻撃対象することで国民を扇動し、支持を広げるやり方は、ポピュリズム的だ。

新自由主義・グローバリズムとポピュリズムが結び付いてしまうのは、日本ならではの事のようにも思える。しかしアメリカのティーパーティー運動も、新自由主義とポピュリズムの組み合わせだと言える(右派ポピュリズムともし得る。かつての右翼政党は、反共、反左翼という点で、その対極である新自由主義と親和性があった)。「俺たちの税金でだめな奴らを甘やかすな」、「俺たちの金をそんなに政府に使わせるな」ということだ。

維新も最近の自民党と同様、竹中平蔵に頼っているように見える。一方でれいわは、竹中を敵視している。ちなみに筆者は社民系の政党も新自由主義的政党も必要だという考えだが、竹中に対しては、自民党や大阪維新の会の新自由主義的改革を、自身が会長を務めるパソナの利益につなげている点で、それも含めて弱肉強食という面はあるものの、新しい癒着・利益誘導政治に見えて仕方がない(パソナは国の事業を受注している。維新との関係も良く、大阪でも受注している。加えて竹中は、東京都を日本政府の直轄とし、東京都知事を政府の任命制にすべきだという発言をしている。これには同意できないし、危険だとすら思う。効率は良くても民主政が後退する。そんなことを言えば、中国のような独裁政治が最も効率が良く、「スマート」だ)。

このように維新とれいわは正反対ではあるが、共にポピュリズムの色を帯びている。

イタリアでは、左右のポピュリズム政党の連立政権が誕生したが、うまくいかなかった。それは移民の問題に関してであり、日本でも同じようになるとは限らない。「とにかく守旧派を倒す」ということであれば、一部の右派嫌い、左派嫌いを切って、あるいは押し殺して、協力することが可能なのではないだろうかと、想像してみることもある。

それ自体難しいのは当然だし、そもそも、スター政治家に依存する政党同士はうまくいかないものである。その点、優位政党(自民党)は党内のスターを利用はしても、やがて持て余す。党外のスター(自分達よりも小さい政党の人気政治家)を利用する方が、支配される危険が小さく、安心できるようだ。これが誤りであるなら、自民党が分裂し、その一方が維新と組むという、再編が起こるはずだ。

それでも、こんなタイトルでなにか書こうと思ったのは、維新も含めた新興政党にとって、【既成政党vs新興政党】という可能性は、捨てておくべき武器ではないと思うからである。

対立軸を変えるということでは、維新が自民と立憲の間でキャスティングボートを握るよりも、維新とれいわが組むほうが、直接的であり、インパクトがある。直接勢力として大きくはならなくても、物事を変化させる力を生じさせ得る、目指す価値があるものだ。最初は弱小連合であっても、じわじわと広がり得る(可能なら地域政党等と協力、合流しつつ)。筆者は維新の第3極路線(現状では自民党への好意的中立という路線)に未来はないと思っている。しかし国政における議席が少しずつ増え、かつ野党第1党である立憲民主党の議席が伸びない場合は別だ。そしてその立憲の議席を、維新とれいわは「野党共倒れ」によって奪うこともできる(両党が議席を得るのも難しいということになるが、両党はまだ失うものが少ない。どこかで少し増やせればよいのである)。特にれいわは、立憲の支持者を奪い得る(左派的な支持者の中には維新との共闘を嫌う人もいると思うが、それでも)。個々に国民民主党も加われば、「じわじわ」の度合いもある程度大きくなり得る。筆者が望む未来ではないのだが、一つの可能性ではある。

「考えが違うのだから、組んでも仕方がない」、「野合だ」とばかりは言えない。何でもありの自民党の、1党優位の政治では、政策論争、どんな国にしたいかという議論、選挙は非常に難しい。とにかく現状維持、先送りという巨大な力を共に倒し、それから新しい政党政治の時代を築く事は、これも困難な事だが、本来王道であると筆者は思う。少なくとも一定の説得力はあるはずだ。

筆者が良いと思うのは左右の2ブロック制で、維新は自民党と同じ右派ブロックにおいて自民党に良い影響を与え、れいわは民主党系と同じ左派ブロックで立憲等に良い影響を与える、というものだ。「自民と維新を同じ陣営に」というのは、今述べた「まずは自民党を倒して」というのがあまりに難しく、また、自民党が急に消えるようなことになれば、非常に混乱すると思うからだ。しかしそういったことを実現させるためにも、「脅し」は必要だ。

維新が「自民党と組むかも知れない」という場合、それは当然、自民党全体への脅しにはならない(状況によっては自民党内の力関係に、多少影響を与えることはあり得るが)。左派野党にとっても、「何を今さら」といった感じだ。優位政党とくっつくのは、「このままでは長期的には現状維持だぞ」と言うのに近い(実際に、自民党にくっついて引きずり回す方がまだ、自民党を変えられると思う―2000年に小沢一郎の自由党が失敗しているが、あせらなければチャンスが訪れるだろう―)。その点、れいわと組めば自民党の敵になる、もしかしたら野党共闘の枠組みに入ってしまうかも知れないと、自民党をあわてさせることができる。前者は、左派野党の味方ではなく(それではインパクトがなくなるし、維新の支持者も離れてしまいかねない)、自民党にやや敵対的な中立として、左派野党の邪魔はせず(しぶしぶすみ分けをして見せる)、別の角度から自民党を追い詰めるのである。

維新とれいわは、一定期間の消費税の減税でとりあえずは一致できるとしても、維新は緊縮財政寄りであるし、平等についても、機会の平等重視であるから難しい。日本で深刻な、国防に関する姿勢の差異についても、維新は右、れいわは左という違いがある。ただし、れいわはまだまだ個人政党で、良し悪しは別としても、国防に関しては変化できるかもしれない。維新も最重要課題は既得権益の打破であり、それと矛盾しない段階までは、国民が求める場合、チャンスと見て一気に動くこともあり得ないとは言えない。くり返すが、そう思わせるだけでも意味があるのだ。

再編にこりている維新だが、「やっぱりどこかと仲良くして、国政で安定した多数派を形成することはできないのか・・・。」と、国民に失望されることを恐れる日も、やがて来ると思う。それを上回る期待をつないでおくのは、至難の業だ。