1-07公明党は「第3極」になるべきか1.政権交代論

与党同士の選挙協力の問題点、自民・公明連合と民主・共産連合の問題点

政党同士の選挙協力の問題点について見ておきたい。それは、協力している政党間の力の差に変化が起こりにくいことである。

選挙協力は戦前以来、現職優先が原則である。その上で多少の調整がある。協力する政党同士が、協力相手の議員を倒すことは不自然だから、当然と言えば当然だ。しかしこのように現職優先の協力を行えば、協力している政党同士の議席の比率は変わりにくくなる。そうなると、やや小さい党がやや大きい党よりも多くの候補者を擁立するなど、バランスを大きく変えるような候補者擁立について、合意がなされることは考えにくい。確かに、選挙協力が行われない比例区では(他の協力の見返りに投票を求める公明党のケースの他、統一名簿で戦うことはあり得るが、日本ではほとんど見られない)、議席数の比率は比較的代わりやすいが、日本の国会は二院の双方とも、比例代表制を中心とする選挙制度ではなく、議席配分が少なめな比例代表部分の結果だけで力関係を変えるのは、政党支持率に劇的な変化でもない限り難しい。

創価学会票で自民党に大きく貢献している公明党は、そのようなことがなかった連立相手(社会党→社民党、新党さきがけ、自由党)よりは自民党に対して影響力を持ち得るし、事実上の創価学会党である以上、公明党の獲得票数が急に大きく変わることは考えにくい。そうであっても、自公2党の間の議席数の比が、特に自民党が弱くなる方向で変わることを、選挙協力が構造的に封じていることは確かだ。自民党が大きく減って公明党が大きく増えて、連立与党内における公明党の影響力が大きくなって、政権の性質が変わるということを、選挙協力は起こりにくくしている。

公明党にとってはそれでも良いのだろうが、特定の層やマイノリティの利害を代表することだけを目標とする政党でないのなら、本来は自らが中心となる政権を、目指すだけは目指すべきである。

このようなことを考えると、ある程度、総選挙後の選挙結果ごとの政党の組み合わせを予想できる状態での、比例代表制が良いように思える。各政党が個々に戦って、勢力分野が確定した後で、第1党が過半数を上回らなかった場合には、その政党が、自らと比較的近い政党との連立の交渉を、譲歩もしながら進めるのである(譲歩が必要なのは、その政党が過半数を上回るほどの支持を得ていないためである。それを認めるのが比例代表制だと言える。これには問題もあるが、自らに近い政党に譲歩すること、それを選挙の前からある程度予想できることから、問題は小さい。ほとんど大連立しか実現し得なくなったドイツは、西欧諸国の置かれた状況が作用し、比例代表制の欠点が最悪の形で表れているのだと言える。今後に注目するところである)。

以上は公明党に限った話では当然ない。巨大与党の自民党と連立を組む政党は、自民党に対する劣位を固定化されるリスクが高い。これでは期待を集めるにも限度があるし、自民党にのみこまれざるを得ない。そして大きくは変わらない、あるいは従来型に戻った自民党の政治が続く、ということになる。自民・新自ク連立、自社さ連立がそうであった。自社さ3党の選挙協力は事実上、自民党が他の2党を助けるというものであった。3党ともが新進党を敵視していたからだが、総選挙となれば連立一旦解消して、独自に選挙を戦ってやろうという気概のある「連立相手」がいないということが、そもそも情けない。

では、選挙協力を行わない場合、自民党が大きく減って、その連立相手が大きく増えるということは、あり得るのか。

結論を言うと、それはあり得ないと思う。なぜなら有権者が、自民党の連立相手を、それが良い政策を持っていて、自民党に働きかけているということで評価するとは考えにくいからだ。例えば1998年結成の小沢一郎率いる自由党は、すでに述べた通り、参議院で過半数を下回った自民党に、副大臣の導入や政府委員の廃止、党首討論の導入、議員定数の大幅な削減などを受け入れさせた。しかし支持率が大きく上がることはなかった。有権者が特には評価しなかったのである。

ここには、以前は野党であったのに、与党自民党にすり寄ったという批判を受けてしまうという原因もある。これは1党優位制の日本では、与党第2党以以下の宿命であるといえる。

上で述べた、比例代表制が良いという考えは、連立内の力関係が変わることに道を開くための制度としては、ということである。自民党の連立相手が、これまで自民党に比して低い評価しか受けていないことについて、筆者は確かに違和感を持っている。より対等な連立政権が実現することも、与党間の交渉が難航するなどのマイナス面が考えられるものの、1党優位の状況を改めるための、1つの道だといえる。しかしやはり、優位政党(自民党)の最大のライバルは普通、野党第1党である。そうであれば、与党第2党以下は埋没しても仕方がないということになる。

どちらであれ、与党第2党と野党第1党が、違う形で自民党に対峙するライバルとなるのは不健全だ。このようなことでも、自民党が漁夫の利を得るからだ。

結論を言えば、選挙協力をする与党ブロックと、やはり選挙協力をする野党ブロックが、現在の制度でぶつかり合うことが、現状では最善だと考えている。ただし有権者は、与党間、野党間の力関係が変わりにくいという特徴があることを認識していなければならないと考える。そうであれば、通常の選挙区において、与党第1党、野党第1党に投票しても、それより良い政党があれば、比例ではその政党に投じるという投票が、もっと行わるだろう。その結果、与党第1党が過半数に届かなくても、それは、その政党に過半数まで与えてしまうのは良くないという、民意である。

なお、参議院には、1回の選挙で2~6名が当選する選挙区がある。定数が複数の場合、複数の候補に票を投じる連記制を採るのが普通だが、日本はわずかな例外を除いて、単記制である。これの是非については改めて述べるが、それを別としても、参議院の2人区は第1、2党の指定席になりやすい、つまり無風の選挙になりやすいという点で問題がある。良し悪しは置いておくとして、定数が3以上の選挙区では、上で述べた選挙協力が行なわれにくく、選挙協力の不安定材料にもなるが、主要各党が戦うことができて、有権者の選択肢が増える(3人区ならば自民、民進系、公明、其れより多くなると共産、維新、自民、民進系の2人目など)。

話がそれてきたついでに、二院制ならば、例えば衆議院は完全小選挙区制、参議院は完全な比例代表制にするというのも、一つの方法ではあろう。それには、両院の役割を再検討する必要も、もちろんあるが。

与党の選挙協力について述べたが、自公対民共の構図についても述べておきたい。天下の自民党が事実上の宗教政党、それもヨーロッパのキリスト教民主主義政党のような国教的な宗教ではなく、歴史の浅い数強の政党と組んでいる。自民党はかつてのようなばらまき政策は出来ず、国民の目も以前よりは厳しい中、組織力を落としている(もともと政治家個人の後援会に依っていたが、冷戦終結後の改革により、個々の政治家の力が弱まったということもある)。対する公明党も、支持母体である宗教団体創価学会の集票力は落ち始めているものの、安定している。そして労組を支持基盤とする民主党系も、社会党時代から、その集票力は弱まっており、反自民的な風に依存する傾向が強まっていった。一度総選挙によって政権を得たものの、失敗したことで、以前よりもさらに弱くなった民主党系は、共産党が候補者を立てないことを、より強く願うようになり(これ自体は左派系野党の票が分断されるのだから当然であるが)、さらには共産党との選挙協力に依存するようになった。第1、2党の双方が、保守的地盤(思想的な面もあるが、主には利益誘導によって築かれた地盤)、労働組合という地盤が弱り、新興宗教、社会主義政党という、本来敬遠されがちな、しかし一部からは熱狂的な支持を得られる勢力に、頼るようになったのである。

自民党が公明党の、民主党系が共産党の言いなりになっているということでは全くないが、特殊な背景を持った政党が、大政党に多少なりとも影響を及ぼす状況は、不健全であるように思えるし、やがては、力関係が逆転するということも、特に弱い民主党系の場合は、考えられる。そうなっていけば、政治はどんどん、一部の特殊な勢力の人々のものとなってしまう。

しかもその勢力の人々は、指導層を除けば、自らの意思で考えて動いているのではない人が多い(特に宗教である創価学会)。これでは政治は、ごくごく一部である、特殊な勢力の幹部のものとなってしまいかねない(公明党が与党であるから、特に創価学会)。自民党と民主党系、特に後者の、党の組織力の強化は必要だが、それよりも、自由な個々人がよく考えた上で、基本的には第1、2党のうちで自分により近い政党に票を投じ、その2党のどちらかが万年野党になることもない、という状態にすることが大事なのではないだろうか。