1-11世襲1.政権交代論

貴族制になってもよいのか

世襲の問題点について述べたい。日本に限ったことでもないが、コネ社会である。コネ社会で出世するのは、有能無能に関係なく、世襲など、血縁によって優遇される者、そうでないハンデを乗り越えようと、重要人物に気に入られるようなことを、最優先に行う者だろう。

日本の優位政党では、後者が前者に勝てないことが明らかになっている。このことは、話題性があり見栄えも良い世襲議員を、裏方的な実力者が担ぐという、権力の二重構造化をもたらしやすい。冷戦崩壊後の自民党において、衆議院における最大の実力者となったのは野中広務、参議院の最大の実力者となったのは青木幹雄で、2人とも世襲ではなかった。しかし、政党の執行部、内閣に権限を集める政治改革、行政改革の効果が表れてからは、小泉純一郎や安倍晋三のように、世襲の党首が実権を握ることが多くなった。

小泉純一郎には、改革を進めるため、自らそのような状況をつくったという面もあるから、まだ良い。しかし小泉以降のリーダーの多くには、それ以前のように、たたき上げの議員に大きく寄りかかっているように見える。これでは責任がリーダーにあることが明確であっても、責任の押し付け、トカゲのしっぽ切りは容易だということになりかねない(有権者が許さなければそんな懸念はないのだが)。何より、いくらリーダーシップが発揮されやすくなるような政治改革、行政改革を進めたと言っても、その上に座るのが世襲議員では、民主主義から遠ざかる。国民が議員の世襲、世襲議員の優遇に厳しい目を向けなければ、特権階級の特権が公認のものとなり、さらに強まる。形だけの民主主義になるのだ。

世襲の一番の問題点は、スタートラインすら、非常に不平等であることだ。派生する弊害としては、例えば、厳しい競争などを強いられずに出世するということがある。確かに、激しい競争のために政治の理想がねじ曲げられるということは大いにあり得る。しかし甘ちゃん、特に、逆境を十分に経験していないことから自分が甘ちゃんだと気付いていない人物が国を動かすことは危険である。少しそれるが、任務の厳しさに真に思いをはせることなく、自衛隊の海外への派遣を決めるかも知れない。それを理由に、自衛隊を海外に出すなと言うつもりはない。ただ国民は、このようなことを、考えていなければいけないと思う。

貴族階級のようになった世襲議員達に、一般的な、あるいはそれ以下の生活をしている国民のことが分かるのか、その思いを想像できるのか、疑問である。進学、就職、留学と、コネやカネをたっぷりと使うことができる。就職先でも守られる。経験を積むために議員の秘書になるにしても、親のそれになる者が多い。親元での秘書以外の、社会経験が乏しいまま議員になった者も多い。もちろんそうでない世襲議員がいないとは言わないし、世襲でない議員の多くも、裕福な家庭の出身だと考えられるが、ここまでに見て来たように、世襲議員には、あまりに何もかもがおぜん立てされ過ぎている。

世襲が制限されている民進党系の議員達が、自民党の世襲議員よりも立派だということは言えない。しかし、自民党が貴族政治を行い、富裕層を重視するのなら、そうでない大政党が存在し、時々政権を担う必要がある。

民主党政権も、最初は世襲議員が総理大臣であったが、そうではなくなった。自民党のように、入閣者が世襲議員ばかりだということもなかった。

民主党→民進党の歴代の代表を見ていこう。菅直人・鳩山由紀夫(二人代表制のうち鳩山だけが世襲)→菅直人(世襲ではない)→鳩山由紀夫(世襲)→菅直人(世襲ではない)→岡田克也(世襲ではない)→前原誠司(世襲ではない)→小沢一郎(世襲)→鳩山由紀夫(世襲)→菅直人(世襲ではない)→野田佳彦(世襲ではない)→海江田(世襲ではない)→岡田克也(世襲ではない)→蓮舫(世襲ではない)→前原(世襲ではない)。立憲民主党の枝野代表も、民進党代表→国民民主党共同代表の大塚耕平も、希望の党代表→国民民主党共同代表の玉木雄一郎も、世襲ではない(ただし玉木は、妻が大平元総理の親戚で、かつての大平の選挙区の一部を含む選挙区で当選している)。なお鳩山由紀夫は、北海道の、曾祖父鳩山和夫(やはり衆議院議員であった)が経営する農場のあった選挙区で立候補したから、完全な世襲ではないが、祖父は戦前からの大物政治家で、総理大臣、自民党初代総裁を務めた鳩山一郎である。父親も自民党参議院議員、外務大臣を務めた。だから上では世襲とした。

同じ人物が何度も代表を務めているという、出口のない迷路のような感じが民主党にはあった。それにはしかし、若い政党だという原因がある。一定程度経験のある人物、かつ有権者に受けの良い人物を選ぶとなると、適合者は限られてくる。しかし自社連立内閣という、五十五年体制が崩壊しなければ誕生し得なかった内閣において、社会民主連合という小党の出身で、やはり五十五年体制崩壊後の変動期でなければ入閣することがなかったであろう菅直人が、入閣したことで、薬害エイズ問題を大きく前進させて人気政治家となり、鳩山、小沢という世襲議員と並ぶ、民主党の顔となった。今ではとても起こりそうにないことである。

菅、野田両内閣の問題点について考える際には、総理大臣が世襲議員でなくなったのが、菅内閣(と後継の野田内閣)だということも忘れてはならないと思う。駄目だった点はとことん反省する必要があるが、だから貴族政治しかないというのは、あまりに早合点だと思う。世襲である鳩山由紀夫が、菅や野田よりも優れていたということはない。民主制は、国民が運動を起こし、いくつもの試練を乗り越えて勝ち取るものである。それをあまりしてこなかったというのが、日本が他の先進国と異なる点である。

世襲が多いことには、より具体的な問題もある。優秀な人材が自民党での立候補をあきらめ、他の政党に流れるということである(立候補をあきらめる者もいるだろう)。政権交代実現のためには、これは良いことである。しかしそれは、政権交代が実現する場合の話である。そうでなければ、単に万年与党から優秀な人材が流出するだけのことである。

このことに関する第2の問題点は、民主党→民進党系に流れる者達が、その理念、政策に賛同して流れるわけではないことだ。これによって民主党→民進党の統一性はますます弱まっていった。このような者達を簡単に責められるだろうか。自分と合わない弱い政党で我慢を続けているうちに、理想を失うということもあるだろう。本当は党内でとことん語り合うべきであり、それを怠ってきたことも問題だ。

このように流れてきた者達は、他党に行くことが有利になれば、容易にそちらに行ってしまう。民主党→民進党は、党のイメージに大きな傷がつくリスクが、よほど順境にない限り付きまとう状況にあったのだ。蓮舫が代表であった当時の民進党の支持率は確かに低かったが、野党に戻った後を見れば、決定的に低かったとは言えない(2002年に鳩山代表が、代表選で彼に協力した旧民社党系の中野寛成を幹事長に就けた時には、3%程度にまで落ち込んだ)。衆議院議員が次々と小池百合子の勢力に移ったことが、民進党にとって決定的なダメージとなったことは間違いない。民進党の支持率がもっと高かったとしても、小池ブームがそれ以上であれば、小池サイドに対抗馬を立てられる可能性のある議員達、小池の方が政策が近いと考える議員達が、小池にすがりつき、そのことで党の支持率は急落していたであろう。こんなことは、他の先進国の第2党では起こり得ないことだと思う。

そのような軽い議員達がそもそも優秀だといえるのか、疑問も確かに沸くのだが、能力を磨く環境があれば、あるいは自分の当選を最優先に考えなくてもよい環境(一度落選しても、所属政党が盛り返し、再び当選する可能性が十分にある環境)にいれば、優秀な議員として開花することも、十分に考えられる。1993~94年には自民党でも、逃げ出す議員が続出した。順境にある自民党ではふたをされて見えない問題点が、民主党→民進党では見えただけなのかもしれない。