1-11世襲1.政権交代論

世襲議員ばかりが花形のポストに就く、世襲だらけの自民党

いくら優秀な集票システム、その中に含まれる矛盾をもカバーし得るシステムを持っていても、時代の変化を乗り越えて、その威力を維持させるのは難しいことである。しかし自民党はいくつもの危機を乗り越えて、それをなお、かなりの程度維持させているといえる。その原動力は世襲議員だと考えられる。

世襲議員は親の後援会組織を継げるし、献金も引き続き得られる場合が多い。有権者からの支持を引き継ぐことも容易だ(これは有権者にも問題がある)。また、親の人脈を引き継いで、出世も有利である場合が多い。だから選挙に強い。特に親が総理大臣、または総理大臣候補だと見られていたような大物議員であった場合は、本人は別人格であるはずなのに、無敵に近い場合が多い。具体的に挙げれば、福田康夫、安倍晋三、河野太郎、小渕優子、小泉進次郎といったところだ。小渕などは、政治資金規正法違反があった(元秘書2名が有罪になった。パソコンをドリルで壊すという、極めて悪質な証拠隠滅の疑惑もある)にもかかわらず、第2党が対立候補すら立てない状況である(そもそも第2党が候補を立てたのは2005年だけだ。選挙協力の都合もあるものの、どうせ勝てないから譲ったという面が大きい)。

小選挙区で当選した議員は、小選挙区で落選し、比例区で復活当選した議員より上だという風潮がある。当選は当選で、等しいはずだが、有権者の判断を重視すれば、そのような面があることは否定できない。ただし前提があると筆者は考える。「スタートがある程度平等な候補者達である」ということだ。親の地盤で楽に当選した議員よりも、自らの努力で、野党の当選者に迫る票を得て比例復活した議員の方が、よほど、真の評価を得ていると思うのだ(もちろん、どんな意図で投じられていても、1票は1票であるから、あくまでも価値があると思うということだが)。

自民党の議員達は、自らの強力な後援会を持っており、それが選挙区の有権者と議員の所属政党、つまり自民党をつないでいる。他の先進国では多くの場合、政党の地方支部等の組織が、主にその役割を担っている。例えばイギリスでは、議員が引退する場合などに、支部の組織において、多くの場合党員が立候補者を投票で決めている。中選挙区制(大選挙区単記制)という特殊な制度を採っていたことで互いに争わなければならなかった自民党の議員達にとって、政党の組織は頼りにできないものであり、個人的な組織を充実させる必要があった(他の先進国では大選挙区制を採る場合、定数の数だけ候補者名を記入するような完全連記制とするのが普通である)。自民党の議員達について述べているが、これは戦後に始まったことではない。与党が3党存在し、主要な野党が1党ある状態で中選挙区制が導入されたところ、間もなく2大政党化が進み、2大政党が1つの選挙区で、複数の候補を擁立することが、ライバル政党に勝つために必要不可欠なこととなった。長い歴史があるのだ。

この、後援会という個人的な組織には、その性質上、個人が議員を引退すると存続が難しいという弱点があった。そして、それを解決するのが世襲であった。議員が引退しても、その子供が継ぐのなら、後援会の維持は容易である。議員本人が誰を後継とするかという問題を家族内で解決できれば、後継者争いに動揺することもない。日本人は世襲について、たとえそれが特権的な地位であっても、肯定的であることが多い。

繰り返しとなるが、小選挙区制のイギリスでは候補者公募、予備選挙によって、特別な利害関係のない有権者にも見える形で、またその地域の全ての党員が参加し得る形で、候補者(引退する議員の後継者)が決められることが多い。それによって不毛なものとしては、後継者争いは抑えられるのだが、自民党では候補者公募はしても、党の地方組織の幹部たちが、その子供を採用するというケースが続出した。

この2世(または3世、4世)は、親(家)の知名度を引き継げる点だけではなく、資金の面でも大変有利である。資金調達のルートを親から継承できるだけでも非常に有利なわけだが、それだけではない。親などの政治資金を、相続税を払うことなく得られるのだ(贈与税を払うことなく、別の後継者に渡すこともできる)。さらに世襲議員は、本来は議員になっても良いような、優秀な秘書などのスタッフを、「譲り受ける」ことも少なくない。

世襲議員は、そうでない議員よりも余裕があるから、そのメリットを生かせば良いという意見がある。世襲であれば、資金にはあまり困らないし、支持が固いから、世襲でない議員ほどには、冠婚葬祭などに駆けずり回らなくてすむ。だから政策に集中できる(有権者との交流も、政策重視のものにしやすい)という面は、確かにある。しかし、世襲でなくてもそうできるようにしなければ、ならないはずだ。

世襲議員が優秀ならば、それで良いではないかという意見もある。しかし、世襲が能力を保証するものだといえるだろうか。もし仮に言えるのであっても、身分制のようなものを認めて良いのだろうか(議員は公職である)。言えないのであれば当然、公正な競争が必要だ(政党が世襲を制限したところで、世襲の候補は無所属でも当選する可能性が高いと考えられるから、有権者の意識が重要になる。もちろん政党も、世襲を制限した以上、そのような無所属の当選者を入れてはならない)。世襲でない政治家志望者には、世襲に打ち勝つテクニック、世襲議員を担いでいかに理想を実現するかというテクニックを身につけるのではなく、自らが目指すビジョンへと、まっすぐに進んで欲しいし、そのための能力を期待したい。世襲でなければ公認を得られないだろうと、あるいはやりたいことができないだろうと考えられるようになり、自民党が良い候補者を得られなくなることも心配だ(それでも官僚の力で成り立ってしまい、政権交代が起こらないこと心配だ)。

世襲議員は親の七光りと、それによる選挙での強さによって、余裕を持つことが出来るし、堂々としていられる。しかしそれは、周囲に特別扱いをされ、守られる、順境の中での強さに過ぎない。1993年以降の自民党総裁の中で、逆境にも強かった人物がどれだけいたというのだろうか。しかもその逆境というのも、総裁(多くは総理大臣)としてのそれであり、議員としての、つまり衆院選で自分が落選するに至るほどの逆境ではない。

ちなみに民主党→民進党は、同一選挙区での世襲を認めておらず、この点は高く評価すべきである。親の背中を見て使命感を持ち、政治に携わろうとする者は、親の力が働かないところで立候補することが理想であるし、本当はそうしたいのではないだろうか。同一選挙区での世襲の禁止は、職業選択の自由を害しているとは言えない。

公募で受かった若手議員が問題を起こす例は後を絶たないが、重婚さながらの不倫をしていた中川俊直は、世襲議員であった。不倫そのものと政治家としての能力は関係ないが、危機管理が全くなっていなかったという点では大いに関係があるといえる。それでも世襲でない議員のほうが世襲議員よりも劣るというのなら、それはなぜかを考え、策を講じる必要がある。「世襲にしておけば安心だ」とすることは、貴族制を容認するようなものである。

当選するのに必要だとされる地盤、看板、かばん(資金)のうち、「看板」には有権者の責任もある。他の候補者よりも否定的に見るくらいで、やっと他の候補者と公平なスタートラインが引かれると見るべきである(実際に、親が有名であったり力を持っていたりすればするほど、容易に当選し、ポストを得られるのだから)。

自民党では、世襲議員が多いというだけではない。出世もする。特に親の知名度が高い議員は、舞台上での目立つポストが用意される。それを縁の下で支えているのが、非世襲の実力者だということが多い。裏方は尊い仕事だが、「本人たちがそれで良いのなら放っておけ」ということでは済まない。これから政治家になる、政治家を目指す若者には、たたき上げでも花形ポストに就けるという未来を想像させたい。花形ポストで腕を振るいたいと思うことが日本の美徳に反するというのなら、それこそ、有利な立場にある世襲議員が縁の下の力持ちに徹することが、人の手本になるというものである。今のような状況は、「花形」に主導権があれば無責任なトカゲのしっぽ切りの温床となるし、「縁の下」に主導権があれば、責任の所在が不明瞭な二重権力になる。健全ではない(しかしこれほど1強の状態だと、トカゲのしっぽ切りをせずに、むしろ出世させてやることすらできる。当人達にとっては優しい政治だが、国民にとっては、より危険な政治になってしまう)。

ここで、この25年間の自民党総裁を見てみよう。1993年7月以後の総裁は河野洋平、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、谷垣禎一、再び安倍晋三。この25年9名の中で明確な世襲議員でないのは、森喜朗(総裁であったのは約1年間)と麻生太郎(同じく約1年間)だけである。だが森喜朗は、父親が選挙区内にあった町の町長であった。そして麻生太郎は、祖父が戦後の代表的な総理大臣の1人である吉田茂で、間が大きく空いているために明確な世襲とはしなかったが、第26回総選挙まで父親が立候補し、かつ当選していた選挙区で、第35回総選挙において、初当選している。

幕府かと思うほどに世襲の率が高く、見方によっては25年間9人、全員世襲だということすらできる。

内閣における世襲議員の比率が、長期的に見れば高まっていることも、周知の通りである。公明党出身の1名を除く第4次安倍内閣発足時の閣僚を見ると、20名中13名が、父親、岳父、血縁のある養父が国会議員として選出されていたことがある都道府県の選挙区で当選している。さらにこのうち、安倍総理を含む7名が、親から選挙区の地盤を譲り受けて初当選を果たしている。親族の地盤を継いだ、正真正銘の世襲議員である。

小沢一郎、橋本龍太郎、小渕恵三は、若くして父親を亡くし、世襲議員として20代でデビューをした。だからこそ、若くして出世し、総理大臣に手が届いた(小沢は自民党時代にチャンスを蹴ったと言われている)。福田康夫と安倍晋三はそれぞれ53歳、38歳で初当選している。そんな両者は、当選してからは、上の3者よりも速い出世をしていると見ることもできる。何せ安倍も福田も、官房長官(と兼務していた特命担当等)以外の閣僚経験がないまま総理大臣に就いているのだ。安倍が党の幹事長を経験している一方、沖縄開発庁長官を官房長官と兼務していたことがある福田は、党3役を何も経験していない。自民党では本来異例である。世襲が有利に働いたというレベルを、もはや超えてきている。

安倍晋三、福田康夫は共に人気政治家であったが、その人気は親の知名度と、小泉内閣期に重用されたことによる。世襲議員は、親と近かった先輩議員達に大事にされることも多く、努力せずとも名が知られやすい。「あの~の子か」と、国民の興味を引くことも出来る。日本のマスコミは、元々政局が好きである。そこに有名政治家の子が加われば、それはなお、面白くなる。例えば麻生内閣だが、麻生総理の祖父は吉田茂。吉田と自由党内外で何度も対決し、ついに政権を奪取した鳩山一郎の孫が鳩山由紀夫。「麻生自民党」から政権を奪取した、「鳩山民主党」の代表である。これは確かに面白い話ではあり、政権交代の年に、テレビでも取り上げられたと記憶している。また麻生は、やはり吉田茂の敵であり、鳩山一郎と近かった河野一郎の息子、河野洋平の派閥に属し、それを継いだ。これも不思議で面白い。しかし、そんなことを面白がって見ている「被支配階級」になるのでは仕方がない。