2022年参院選の自民党に関して、いくつか述べたいことがある。すでに述べてきたように、自民党は危機感を覚えた2021年の総選挙を必死に戦った。まず、総選挙直前に党首(総裁)、つまり総理大臣を岸田に代えて、立憲民主党との差異を小さくした。争点つぶしだ。同時に総裁選の実施によって、報道を自民党一色にした(確かに以前からの批判もあって、テレビ局は立憲民主党についても少し時間を裂いて、バランスをとろうとした。しかし総理が決まる自民党総裁選の注目、報道量はやはりすごかった。総裁選はもともと予定されていたものだが、普通なら総裁・総理大臣になってまだ約1年であった菅義偉の無投票再選、少なくとも次回以降に向けた顔見世のための候補などとの、再選確実の総裁選となるはずであった)。さらに総選挙の時期も、ただでさえ岸田氏が総理になったばかりなのに、そこからさらに1週間早められた。総理になってから投票日までたったの4週間(期日前に投票する人からしたらもっと短い)。国民に岸田で良いか、考える時間を与えなかったのだ。その総選挙で自民党は、組織票を固め、さらには立憲共産党という誹謗中傷(※)で、野党のイメージを落とす事にも勤しんだ。そしてコロナ禍で党の要人である吉村大阪府知事が注目され、前回の希望の党の中の非自民の右派票、改革志向の票を取り込めた、維新にも助けられた。
※「立憲、共産両党」とか、「立共両党」とは筆者も言う。しかし「立憲共産党」という、間に句点もなく、頭文字のみをくっけて分かりやすい省略形にする事もない呼び方は、失礼に,当たると思う。例えば仲が良いからと、2人の人間の苗字をくっつけて呼ぶのは、本人達が明確に肯定的でない限り、失礼である。それと同じだ(この例だと「立共」も失礼かも知れないが、政党に付いては「自社さ」、「自公」という呼び方までは、報道等で文字数を少なくするために用いられる)。
旧立憲民主党は保守を自認していたし(筆者は保守政党とは捉えていないが)、野党第1党として、1党優位、または自民党そのものを問題視する保守の有権者の票を得ていた面もあるだろう。また、民主党系の議員の中には自民党にルーツのある者も少なくないし、民主党に左派政党というイメージが薄かった時期に、保守票を固めた者も多い(善し悪しは別として、特に都市部以外ではそうでないと極端に当選しにくい)。「立憲共産党」という呼び方には、立憲民主党と日本共産党が非常に密接に結び付いているような印象を与える効果があり、保守系の有権者が一定数、離反した可能性が高い。岸田総裁への交代で自民党を離れ得る右翼票も、これで自民党に残ったのかも知れない(総選挙後を見ると離れて行っているようにも見えるが、安倍元総理が銃撃された事が、参院選において右翼票の維持につながった可能性がある。安倍・菅と維新は良好な関係にあったが、安倍・菅熱烈支持の多くはかなり右寄りであり、維新のグローバリズムにはついていけず、中国との関係を批判する者もいる。自民党の票数を見ても、自民から維新に票が流れた可能性は低いだろう)。
これだけの事をして(今となっては裏金が選挙ばらまかれたという疑いも大きくなっている)、立憲民主党を敗けさせれば、もう立憲民主党はどうして良いか分からなくなる。その後を知る今の筆者としては、参院選前の泉代表が逆境に耐えて状況を見ていた。種をまいていたと想像する事もできるが、当時ははっきりしない代表に見えた。
こうして2022年の参院選は、自民党にとって余裕の戦いとなった。
いや、貪欲な自民党はそれでも敵を切り崩す。この参院選の前、自民党が山形県選挙区に候補者を擁立しないという噂があった。そして実際に擁立は遅れていた。山形県選挙区は、野党候補に当選の芽がある数少ない1人区の一つであった。しかもその野党候補は、国民民主党の舟山参議院議員だった。この選挙区を一つ国民民主党に譲るだけで、同党とその支持母体(連合旧同盟系)を味方にし得る。結局これは実現しなかったが、この噂だけでも、野党同士の関係にはダメージを与えたと言える(立国だけでなく、維新と国民民主の間にも)。
このような野党分断の最たるものが、かつての自自公連立政権の成立であった。公明党が自民党側に入った事で、自民党がどれだけ得をしたか。この事に今触れるのは、今回の参院選の岡山県選挙区に関して、考えさせられたからだ。それは同選挙区の選出で、2022年に改選を迎えた自民党の小名田議員の姿勢についてだ。
小野田は公明党の支援を得ながらも、自身の右寄り(憲法、国防)の姿勢ゆえに同党との間に溝があった。公明党に好意的、協力的ではない小野田を、同党が推薦しない方針を見せた事を受け、小野田は「共感します。~中略~お互いそれぞれ頑張りましょう」とSNSで発信した。こうして公明党の推薦は無しとなった(筆者の感想を書くと、「共感します」は挑発しているようで失礼だと感じる。一方で公明党についても思うところはあるが、ここではやめておく)。
しかし小野田議員は自民党だけの力でここまで来れたのだろうか。岡山県選挙区は、民主党の大物で、かつて社民連代表、参議院議長も務めた江田五月の選挙区であった。自民党が圧倒的な、いわゆる保守王国とまでは言えなかった。ましてや小野田は江田のターンの、2016年に初当選している。この時は民主党が逆境を脱し、後継の民進党がそれなりに健闘した選挙だ。そんな中での、新人小野田の、江田の後継を破っての当選には、創価学会・公明党の力もあったはずだ(小野田は公明党の推薦を得ていた)。そしてそもそも自民党が、苦しい野党時代もくぐり抜けて生き残っている事自体に、そして小野田議員が与党自民党の議員として歩み、公明党とは大きく異なる主張をして知名度を上げた背景に、創価学会・公明党の力は確かにあった(民主党政権が安定していれば、公明党は数年で民主党側に寝返っていたと想像するが、それは別の話だ)。票の足し引きだけで計算できるほどには、物事は単純ではない。
今回、公明党の力抜きで選挙に挑み、再選された事。それ自体は良い。自民党に良い変化をもたらすかも知れない。しかし小野田自身が公明党の力なしでここまでやってきたかのように捉えるのは、おかしいと思う。
もう一つ。この参院選の自民党候補の中では、元アイドルの生稲晃子氏が話題となった。もともとの知名度もあるが、NHKの候補者アンケートに対して、ほぼ無回答だった事で注目された。この件については、本当にミスである可能性もゼロではないし、勉強不足の人物を知名度優先で立てるという事も問題だが(もちろん一番の問題はそれで投票してしまう有権者であり、今回も生稲氏は当選している)、それと共に、姿勢を明確にしないほうが勝てるという問題点も表れていると感じる。自民党は優位政党だからこそそれで勝てるのだが、自民党がそのような立場を採ると、対抗する野党にとっても、曖昧にしておいた方がマシだという事になる。
主要メディアのアンケートに対する無回答には、【分かりません】と、【とにかく任せて】という意味があると言えるだろう。自民党やその候補者が堂々と、「分かりません」と言うはずがない。いや、時々「当選してから勉強します」と言う候補者もいるが、基本は逃げる。元アイドルの今井絵理子議員も、「選挙中なのでごめんなさい」という、非常におかしな言い方で、政策に関する質問をかわしている(もし本当に時間がないのなら、直接的そう言って、機会を改めて答えるべきだ)。
もし【分かりません】ではないのなら、【とにかく任せて】が残る。これが自民党お得意の、争点隠し、争点潰しである。原発、米軍基地を抱える地域での選挙では、これらについて可能な限り触れない姿勢、曖昧な態度である事も多い。それどころか2021年の横浜市長選では、当時の菅義偉総理に近い候補(元自民党衆議院議員の小此木八郎)が、菅自民党の姿勢とは真逆の、カジノ反対を唱えた。
大事な事を曖昧にして地域経済だけを言う。それも与党系である事を誇示して言うのでは、買収に近い。実際に自民党の候補者は、投票してくれたら~(地元のお金が落ちる事)をやると言っているし、野党候補が当選したら話が進まなくなる、というような事も言っている。事実上の買収と脅しの合わせ技だ(落選した場合実現できないのであれば、買収というよりも見返りだ。しかし国政、地方自治を自民党が握っていて、個々の議員候補、場合によっては知事候補が落選しても、実際には実現はできる。落選しても実現させ、それを次の圧力にする場合、あるいはそもそも先に実現-決定だけでも-させている場合は、買収に近い。
最後に、維新の会を自民党側だと見た場合、大阪府と兵庫県が、それぞれ3人区、4人区でありながら、自民党側(≒与党)の独占状態となっている事も問題だ。左派野党が弱いとも言えるのだが、万年優位政党の自民党、固い組織票で自民党を助ける公明党、そして第3極、保守系「野党」としても集票できて、近畿地方のテレビ局での扱いの大きさもあり、大阪で優位政党的な存在になり、近畿全域で支持率を上げている維新。これら、本来は異なる存在(公明党は本来、政策的には立憲に近い)が別々に議席を得れば、野党が押し出されるのも仕方がいない面がある。また、近畿地方としたが、神奈川県では維新が、民主党出身であり、元県知事経験者でもある松沢を立てていることで、そのターンでは野党がはじき出された(厳密には任期が半分となる補選枠を含めれば、立憲が1議席を得た)。
3人区~6人区では、左派野党がそれぞれ擁立し、複数を当選させるくらいでないといけないと思う(6人区の東京都の場合は、左派野党で3人当選させるくらいでないといけない)。しかし選挙前の予想や、選挙結果を基にしたイメージの影響はあなどれない。選挙での優劣に影響する可能性は高いと言える。それを考えると、1議席でも多く予想獲得議席、実際の獲得議席を増やして、好調を印象付ける事も重要だと言わざるを得ない。だから筆者は、共倒れの可能性が低い場合を除き、左派野党の候補を一人に絞った方が良いと考えるようになった。神奈川、京都、大阪、兵庫、場合によっては他も、当選する可能性がより高い候補に力を集めるべきだと(だったと)、思うようになった。立憲の支持率が上がっても、近畿地方については、少なくともしばらくは楽観できないはずだ(神奈川県はやや異なるが、維新が強い候補を出す可能性はあり、もはや左派野党には含め難い国民民主党も、候補者を出して引かないだろう)。
補足だが、もし公明党が唱えていた(今も唱えているのか確認していない)、衆議員を3人区×150区の単記制(一人の候補者名しか書けない)とするような、中選挙区制の復活が実現すると、多くの選挙区で自民党と公明党が2議席を占め、短期的には現行制度と変わらないか、それ以上に強くなる事が考えられる。それはもちろん、自公両党が外に支持を広げなくても、支持団体を固めるだけで相当の票を得られるからであり、より多くの人々が投票に行けば変わることではある。しかしそれが難しい事も、選挙制度について考える時には念頭に置かなければいけない。
