1-17民進党のこれから1.政権交代論

民進党にできたこと、できること

民進党が駄目だと言われた要因に、まとまりの悪さがあった。右派と左派に分かれるべきだという意見もあった。実際にそれに近い形となったわけだが、戦前の立憲国民党、戦後の日本社会党と、そのようなことはすでに経験している。社会党の系譜は、左右への分裂を何度も繰り返している。

確認すると、初めての政権運営に失敗して野党に戻った後、事実上の左右両派への分裂に続き、その分裂状態の解消後、再度、今度は明確に2党に分裂した。政権担当時にも最右派と最左派が脱しており、それらを含めた再統一を実現して約5年後の1960年、今度は右派の一部が離党し、民社党を結成した。1996年には、民主党参加者と不参加者に分裂した(前者に右派が多く、後者に左派が多いものの、そう単純ではない)。1998年、民主党に民社党の系譜が合流し、かつてのまとまりを相当程度取り戻した。しかし2017年、立憲民主党参加者と希望の党参加者に分裂した(前者に左派が多いが、希望の党への合流は党の決定であったため、後者=右派とはいえない)。戦前にも、左右への分裂のようなものが何度かあった。

優位政党であった立憲政友会も、野党時代(議院内閣制ではなかったため、衆議院の過半数を上回る第1党であっても、野党になることがあり得る)、非政党内閣を倒そうとする勢力(残留派)と、協力しようとする勢力(→政友本党)に、真っ二つに割れた。社会党の場合はイデオロギーに関係した分裂であったが、民主党結成の頃からは、そのような面は薄まってきている。だから割れ方も、きれいに左派と右派へ割れるものではなくなり、「非合理的な分裂」と言っても良いものになっている。

今となっては、完全に元には戻れないし、分裂したことで確かに矛盾が解消された面もあることから、分裂して良かったと思っている(立憲民主党と国民民主党のカラーがはっきりしているから、それに合わない議員が参加していたとしても、従うか、離れるかしか道がなく、党内がまとまらないという状態にはなりにくい)。むしろ、ここまできたら、遠回りになっても、過去の失敗を繰り返さない道を歩むべきだと思う。

しかし、分裂すれば小さくなり、影響力が弱まることは事実である。いくら旧民進党系の勢力を足せば、民進党時代よりも大きく増えているとは言っても、その諸勢力間に対立も見られる。それはもちろん、1つの党の中での対立よりも、強い遠心力を働かせる。もしも、立憲民主党と国民民主党が協力できなくなれば、あるいは最低限の協力しかできない場合、自民党と戦う前に、立憲民主党と国民民主党で、いわば「準決勝戦」をしなければならない。これは大変意義があることではあるが、その間、そしてそのわだかまりが残る間、自民党は圧倒的に有利になる。

以上から民進党の大分裂は、良い形で回避できていれば、それに越したことは無かったと言える。そのために何ができたのか、考えてしまう。

もっとも、考えるとは言っても、当然のことしか出てこない。党内で議論をして、多少の離党者が出ることも恐れず、様々な弱点を克服すべきであったということだ。そしてそれが成功するためには、国民もその議論に関心を持ち、その中で支持し得る議員達を熱心に支持する必要があった。意見が異なるから離党する、選挙に落ちそうだから離党する。そういう議員達のことは、よほど納得できる事情があるのでない限り(それでもと言いたいが)、当選させるべきではない。

もしも民進党の再統一がなされるなら、「達成した」と誇るのではなく、「以前とは違う」と、根拠もなくアピールするのでもなく、「大変恥ずかしいことですが、過去の過ちは絶対に繰り返しません」と、自らを恥じながら、名誉挽回のために、がまんすべくはがまんをし、がむしゃらに頑張る姿勢を見せるしかない。もちろん過去の分裂を総括することも必要である。それらがそろえば、国民の支持を得られるのではないだろうか。