日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
アイルランド

アイルランド

アイルランドは自治や独立を求める政党の議員などを、イギリス(大英帝国)の庶民院に送り出していた。独立に否定的な統一党(保守党)内閣期の1918年の総選挙では、穏健であり、それまでの主流派であったアイルランド議会党が大敗した。同時に、独立を志向しない北部を除く、現在のアイルランド自由国の大部分で、独立強硬派のシン・フェイン党が議席を得た(シン・フェインは我々自身の意)。そしてイギリスとの戦争(独立前なのでイギリスの内戦ともし得る)を経て、イギリスとの条約によって、アイルランドは1922年、北部を除いて自治領となった。この間にシン・フェイン党は、その自治獲得に肯定的な勢力と、北部を含めた独立に固執する勢力との、分裂状態になった。自治領となる直前の総選挙では、同党が4分の3に迫る議席を得て、その中でも、前者が多数派であった(ただし単独では過半数に届かなかった)。他には労働党、農本主義の農民党が、一定の議席を得た。しかし農民党は1930年代に入ると衰退する。この総選挙の後、シン・フェイン党(力を見せるために選挙には参加するが、議会には出席しないという考え)から条約(北部抜きでも自治領となる事)に肯定的であり、政権を担っていた勢力が離党した。続いて、条約反対派の中の穏健派(国王への忠誠を誓わなくて良いのなら、議会に出席する考え)が離脱した。前者は、1923年にクマン・ナ・ゲール(ゲール人の結社の意)を、後者は、1926年にフィアナ・フォイル(運命の戦士達の意。共和党とも呼ばれる)を結成した。この2党は差異に乏しく、その時々の情勢によって、保守~中道の範囲内で姿勢を変えていく。そんな中でフィアナ・フォイルが優位に立つようになるのだが、それは同党が、国民への浸透についてリードしたためである。

1923年の総選挙は次の通りの結果となった。クマン・ナ・ゲール63、フィアナ・フォイル44、農民党15、労働党14、実業家党2,コーク進歩同盟2、無所属13,計153。1927年6月の総選挙は、クマン・ナ・ゲール47、フィアナ・フォイル44となり、2大政党の議席差が縮まった。シン・フェイン党の残部も5議席を得た(しかし次の総選挙で議席を失った)。労働党は22議席で第3党に返り咲き、他は農民党11、国家同盟8、無所属16、計153となった(国家同盟は1926年に結成された親イギリス政党で、同年9月の総選挙では2議席に減らして、1931年に解散した)。フィアナ・フォイルは議席を伸ばしていき、1932年の総選挙において、過半数に5議席まで迫る議席を得て、クマン・ナ・ゲールから政権を奪った。翌年の総選挙で同党は、過半数まで1に迫った。この1933年の選挙では、イギリスとの経済的な結びつきを重視する国民中央党が躍進した(11議席。労働党は8議席)。国民中央党は農本主義政党でもあり、解散した農民党の一部が合流していた。48議席を獲得したクマン・ナ・ゲールは同党などと合流し、フィネ・ゲール(ゲール人の家族の意。統一アイルランド党とも呼ばれる)を結成したが、フィアナ・フォイル(共和党)を破ることはできなかった。

1943年の総選挙からは、農民党の流れも汲む、農本主義の中道左派政党であるクラン・ナ・タルマン(大地の家族の意)が、一定の議席を得た(当初は10議席、1961年に2議席となり1965年に解散)。アイルランドが正式にイギリスから独立する直前の、1948の総選挙では、フィアナ・フォイル(共和党)が第1党の地位を守ったものの、過半数を6議席割り込み、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)、労働党、国民労働党(1947年に反共産主義の労働党離党者が結成)、クラン・ナ・ボブラハタ(共和国の家族の意。フィアナ・フォイルと、対立の政治に批判的な社民的な共和主義の政党)、クラン・ナ・タルマンによる、非フィアナ・フォイル連立政権が発足した(フィネ・ゲールが条約支持派、クラン・ナ・ボブラハタが条約反対派であったが、政権奪取が優先された)。1951年、1954年の総選挙の結果もあまり変わらないものであったが、政権はフィアナ・フォイル(共和党)に戻り、またフィネ・ゲール(統一アイルランド党)と労働党に移った。1957年から1973年までは、フィアナ・フォイルの政権が続いた。1960年代のうちに、2大政党と労働党以外の政党が全く議席を得られない状況となり、それは1981年まで続いた。1973年の総選挙では、フィネ・ゲールと労働党の合計議席がフィアナ・フォイルを上回り、両党の連立政権が発足した。当時、フィアナ・フォイルは積極財政志向、フィネ・ゲールは消極財政志向であったが、後者も労働党との連立である事から、社会保障を充実させる路線を採った(北野充『アイルランド現代史』137頁参照)。1977年の総選挙ではフィアナ・フォイル(共和党)とフィネ・ゲール(統一アイルランド党)の議席差がさらに開き、フィアナ・フォイルの単独政権に戻った。

1981年の総選挙では、過半数を6議席割り込んだフィアナ・フォイル(共和党)から、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)と労働党に政権が移った。左派系、南北の統一を求める党派がわずかな議席を得た。1982年の総選挙では、過半数まで3議席に迫って政権がフィアナ・フォイルに戻ったが、同年2度目の総選挙では、フィネ・ゲールに5議席差まで迫られ、フィネ・ゲールと労働党の連立政権に戻った。1987年の総選挙ではフィアナ・フォイルに政権が戻った。また、進歩民主党が労働党を超える議席を得て第3党となった。進歩民主党とは、フィアナ・フォイル(共和党)を脱した文化、経済面で自由主義的な政党であった。同党はフィネ・ゲールと政策も一致させて、1989年の総選挙を戦った(北野充『アイルランド現代史』159頁)。しかしその1989年の総選挙で議席を減らしたフィアナ・フォイルが、やはり議席を減らして第5党に転落した進歩民主党と連立を組んで、与党の地位を守った。しかし結局進歩民主党は連立を離脱し、これを受けて1992年に総選挙が行われた(同162頁)。労働党が議席を2倍近くに増やし、フィアナ・フォイル(共和党)68、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)45、労働党33、進歩民主党10、左派民主党(左翼政党。1999年に労働党に合流)4、緑の党1議席となり(過半数は84)、3党鼎立に近付いたように見えた。1993年には、フィアナ・フォイル(共和党)と労働党という、新しい組み合わせの連立政権が誕生したが、労働党が離脱した。1994年にはフィネ・ゲール(統一アイルランド党)、労働党、左派民主党という3党の連立政権が成立した。

1997年の総選挙は、フィアナ・フォイル(共和党)77、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)54、労働党17、進歩民主党4、左派民主党4、緑の党2、社会主義者党(労働党の左派の離党者が1996年に結成)1議席となり(過半数は84)、フィアナ・フォイルと進歩民主党の連立政権が成立した。2002年の総選挙は、フィアナ・フォイル81、31、労働党20、進歩民主党8、緑の党6、シン・フェイン党5、社会主義者党1議席となり(過半数は84)、フィアナ・フォイルが突出する形となったが、過半数には届かず、連立の枠組みが維持された。2007年の総選挙は、フィアナ・フォイル77、フィネ・ゲール51、労働党20、緑の党6、シン・フェイン党4、進歩民主党2議席となり(過半数は84)、フィアナ・フォイルと進歩民主党の連立に、緑の党が加わった。だが進歩民主党は2009年に解党した。2011年の総選挙は、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)76、労働党37、フィアナ・フォイル(共和党)20、シン・フェイン党14、社会主義者党2、people Before profit(利益の前に人民。トロツキストの社会主義政党)2、労働者と失業者の活動1、緑の党0と激変した(過半数は84)。フィアナ・フォイルが1932年以降の総選挙で初めて第2党に転落し、フィネ・ゲールと労働党の連立内閣が成立した。2016年の総選挙は、フィネ・ゲール49、フィアナ・フォイル44、シン・フェイン党23、労働党7、連帯-利益の前に人民6(2つの社会主義政党の選挙同盟),社会民主党(2015年に労働党出身者等が結成した、北欧の社民系をモデルとする政党)3、緑の党2を含む他の左派系の4党が計15となった(計158)。労働党が惨敗したものの、フィネ・ゲールと連立政権が維持された(労働党の連立離脱の意向も踏まえ、フィネ・ゲールはフィアナ・フォイルに連立を打診したが、フィアナ・フォイルは、それによって野党第1党となるシン・フェイン党が、野党をリードして政権の代替オプションとして浮上する事を懸念し、連立を拒んだ―北野充『アイルランド現代史』214頁―)。2020年の総選挙は、フィアナ・フォイル(共和党)38、シン・フェイン党37、フィネ・ゲール(統一アイルランド党)35、緑の党12、労働党6、社会民主党6、連帯-利益の前に人民5、連合(シン・フェイン党を離党した妊娠中絶反対派の一部が2019年に結成)1、他・無所属20(計160)となった。IRA(アイルランド全島のイギリスからの独立、アイルランドと北アイルランドの合併を唱える武装組織で、現在は武装解除)と一体的な面のあるシン・フェイン党を、与党にも野党第1党にもしない事は不可能となった。このため、同党を政権に就かせる事を回避すべく、長く2大政党として対立してきたフィアナ・フォイルとフィネ・ゲール、そして緑の党が連立を組んだ。首相はまずフィアナ・フォイルが出し、2年半(議員任期の半分)後にフィネ・ゲールが出す事になった(実行されている)。

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