立憲民主党

次に立憲民主党だ。前節で述べたことに関して懸念がある。それは2007年の参院選で、民主党が自民党を大きく上回る議席を得た時、小沢代表(当時)の戦略が功を奏したと考えられるのだが、民主党の議員達に、そのような意識があまりなかったように見えたことだ(もちろん自由党出身者は別だが)。この民主党の大勝を、自由党から入った小沢によるものでもなく、敵失によるものでもなく、自らの実力(自分達への積極的な支持)と見間違えたということだ。

確かに2004年の参院選において、岡田代表の下でも、民主党は自民党を上回った。しかしほんのわずかである(単純に比較できないことは分かっているが)。筆者も2007年、小沢が肯定的であった(小沢から持ちかけたという説もある)、自民党との大連立には否定的であった。しかし、結果を出した小沢を信頼する気持ちが、民主党に足りなかったとは言えるだろう(今振り返ると、あの時与党を経験をしておけば良かったとも思う。しかし、見習いということでは自民党の下に立つことになるし、そうでなくても、与党第2党は、総理を出す与党第1党とは注目度が違う。自民党に利用されるだけであったと思う。国民から自民党に代わる選択肢と見られることもなくなり、いくら当時、第3党以下が既存の政党ばかりであったとは言っても、政権交代はさらに遠のいていただろう)。

なにを言いたいのかと言うと、コロナ禍において、自民党の失敗と、維新やれいわ、そして自民党所属でない自治体首長への期待の相乗効果で、非自民勢力が注目されている面がある。それを見誤ることを筆者は危惧するのだ。要は謙虚さが大切なのである。自力だと思うな、ということである。

立憲民主党はやはり、信念は譲らずとも腰を低くして、各党の意見を聞くべきだ。そして良いところは取り入れる。違いがあるとしても参考にはなるし、正反対のものですら、色々な意味で参考になる。それが野党第1党の度量、貫禄というもので、後に必ず党勢拡大につながると、筆者は確信する。特に第3極の議員はフットワークが軽いことが多いから、きちんと人間関係を築いておけば、変化の時に味方を得られると思う。党内の維新の会、みんなの党出身者を大切にすることも重要だ。

真摯に耳を傾けるのと何でも譲歩するのとは違う。民主党がかつて維新を軽視して、どれだけのものを失ったか。ましてやれいわは、立憲と同じ左派政党である。格差の問題など、語り合いたいと思うのでなければ、本当はおかしい。

左派政党はやはり、堂々と左派を名乗るべきだと思う。保守だけが素晴らしいのではない。保守派には、フランス革命の惨状を悲観し、漸進主義を唱えた、広く知られるバーグの色だけがあるのではない。専制君主の政治、貴族の政治の味方であったという面、不要かつ不公正な利権を守るという面もある。そして現在では新自由主義的な面も大きい(保守とは本来自助努力、伝統的な共同体の中での助け合いを志向するものではあるが)。そのさらに右、右翼的な傾向も自民党にはある。

とは言ったものの、筆者は安倍前総理を右翼的だとまでは思わない。左派を敵視しているように見える点で、怪しくはある。しかし右翼的な人々を、自己陶酔、集票のために利用しているようにも見える(一部からの、損得抜きの確固たる支持を背景に、自民党内で有利でいるために)。しかし、安倍を支持する人の中には、韓国人の不幸を喜ぶタイプの人もいる(時には心配する素振りを見せつつ、その傾向を隠せない)。筆者も、韓国にはいくつかの点でかなり批判的だが、その不幸を喜ぶのは極端であり、右翼的だと感じる。韓国などを明確に「敵」視する事によってつながっているという点で、右派ポピュリズム的でもある。

このような人々に反対する左派、新自由主義に反対する左派は必要だ。左派も右派も両方必要なのだと思う(右翼だけでなく、社会主義国を建国しようとする左翼についても、平等を大切にする考えに限っては良いと思うが、筆者は評価しない)。自民党は夫婦別姓にかなり消極的であり、立憲は賛成である。このように選択肢、議論になるわけである。

そう。多くの国民が賛成しているからといって、保守である自民党が、夫婦別姓や同性婚に賛成する必要はない。1つの保守政党に何でも求める1党優位制ではなく、保守的な政党と進歩的な政党が対等であり、そこから状況に応じて選び取れるような、定期的に政権交代のある国にするしかないのである。これがないなら、自民党が保守的になる事は問題で(例えば夫婦別姓や同性婚についても、実現する望みを永久に断たれるようなことになる)、結局自民党は、何でもありの政党であることを求められることになってしまう。

日本の左派は、戦前の弾圧、悲惨な戦争、敗戦の経験から、過度に、あるいは非現実的なまでに平和主義である。筆者は以前核武装論者であった(原発事故を見たことで、現在は保留中。残酷な兵器だからこそ、拡散防止は非常に重要だが、全部の廃棄はあり得ないことであり、であれば、実際には使用しないこと、誰にも使用させないようにすることも当然だが、日本人(特に政治家)として特に大事なのは、二度と日本に対して使わせてはならないということだと思う。理想、目標としては非武装中立もありだが、現時点では、そして理想へ向かう手順については、現実的でなければならない。理想と現実を分けて最善を尽くすということなら、左派も現実的になれるはずだ。いや、なるべきだ。それをすべきだ。

そもそも日本では、第2保守党が成功した試しがない。第1保守党が分裂した場合には、その離党者と協力して、第2保守党が政権を得たことはある。しかしそれも短期間に過ぎない(自由党の芦田を招いて民主党を結成し、社会党と連立した日本進歩党、鳩山系と岸系を招いて日本民主党を結成した改進党。双方とも自由党系を離党した芦田、鳩山が総理となっている。後者は招いたというよりは、乗っ取られたと言った方が近い面はあるが、反吉田感情で一致していたから、「乗っ取られた」は言い過ぎだろう)。自民党誕生後も、新自由クラブ、新生党→新進党、みんなの党といった、自民党離党者による政党が失敗に終わっている。

自民党が以前よりは弱くなったと言える冷戦終結後は、土俵を作った者が勝つという傾向が顕著であるから、安易に「保守」という土俵に乗るべきではない。

2003年の総選挙では、「自分達が率先してマニフェストを日本に導入する」というストーリーを演出した民主党が、比例票で自民党を上回った(マニフェストとは、それまでの公約と違い、期間も含めた具体的な数値を盛り込んだ計画書のようなものでもあり、事後にその達成度等を評価できる)。2005年の総選挙では、郵政民営化の是非という土俵をつくった小泉総理が、民主党、そして自民党内の反対派に圧勝した(自民党が、ある程度分裂したにもかかわらず、それまでになかった勝ち方をした)。

ちなみに前者(2003年の民主党の躍進)は、保守政党の自由党と合流した時であるが、それで民主党が第2保守党になったわけではない。そのような見方も、また民主党を保守政党とする見方も、なかったわけではない。だが当時は菅直人が民主党の代表であり、菅は左派系と認識されていた(社民連時代、PKO法案に抵抗。民主党時代、同党が党議拘束をかけないこととした国旗、国歌法案に反対)。何より、自由党系はどんどん左傾化していく。その兆候も当時、すでにあった。

話を戻すが、そのようなことを考えると、立憲民主党は「絶対にこれをやりたい」というもの、かつ皆が「やらせてみたい」と思うものを中心に掲げ、他の公約を分かりやすくそれに添えて、「なるべく自由な、しかしより平等な国にしたいんだな」と分かるような政策のパッケージを、分かりやすいビジョンと共に、メリハリをつけつつも、しつこいくらいにアピールするべきだと言える。国民からよく見えるところで「やりたい、やりたい」と言い続けるのだ。そうすれば、例えば弱い野党として採らざるを得ない審議拒否作戦なども、「反対ばかりだ」とは言われにくくなる。なお、マニフェストは改革ブームと同じで、その功罪があまり認識されていない。これについては改めて述べたいが、政権を取らなくてもできる事、政権担当能力をなんとかアピールできる事を見つけて、流れを変えたという点では、優れた策であった。

(旧)立憲民主党は、味方以外に壁をつくりがちである。支持率が下がっても強がる。維新の大阪府政について、評価できる点は積極的に評価すべきだ。一致できる点は少ないのだとしても、維新がよく動いたことを評価して謙虚になるべきだ。そうでなければライバル野党の票はうばえない。これから維新がつまずくことがあっても、喜んでいるようでは政権を取る器ではない。維新やれいわに票を投じている人々のうち、右翼的でない人々の支持を、「取り戻す」くらいでなければいけない(れいわに票を投じる人々の中では、右翼的な人は少ないと思うが)。維新やれいわを軽視することは、そのような人々を見下すことになってしまう。相手に敬意を持ちつつ、議論をし、また真摯に自分の考えを唱えるしかない。

 

以下追記

かつて埼玉県知事、神奈川県知事が民主党出身者(ただし保守系)、千葉県知事が、民主党の母体の一つである、新党さきがけ出身者(さきがけに移る前は、1989年のブームで当選した社会党の議員)であったことがある。そして今、埼玉県知事(旧国民民主党出身)、千葉県知事(維新の会も支持)が民主党系である。横浜市長選を制したことを考えると、神奈川県知事選にも、少しは期待が持てる(東京都知事選と同じで、有名人が当選しやすくなっているようではあるが)。他にも岩手、沖縄(共に小沢系)など、民主党系の知事が少しは存在する。国政でどうしても政権交代が実現しないなら、地方自治体で政権担当能力を見せるというのも、一つの道だと思う。ただし、これは維新についても言わなければならないことだが、特定の地方で支持を得たからといって、より多様な、全国に心を配らなければならない国政でうまくいくかといえば、そうとは全く限らない(かつての革新自治体-左派政党系の候補が当選した自治体が増えた-は、国政での政権交代にもつながらなかったが、そこには様々なことが影響している)。

ここで述べていることは、以前述べたことと矛盾するように見えるかも知れない(「「民主党系も知事を誕生させて支持を広げろ」と簡単には言えない」参照)。しかし筆者は、それをあてにすべきではない、簡単にそうは言えない、という事を述べたのであって、あえて避けるべき道ではない。

ただやはり難しい。総選挙(2021年)に自民党から出馬するために三重県知事が辞職した。県知事よりも衆議院議員になりたいと思わせる日本は問題だと思う(あまりに中央集権的だ)。しかしコロナ禍に、そのような理由で職を放り出すのは論外だ。つまり立憲民主党の出番だ。ところが、岡田元民主党、民進党代表の地元であっても、対立候補を立てることができなかった。

これについては、一方的に民主党系を責められない。確かにその前の知事は民主党系であり、民主党政権の失敗が、民主党の知事選での敗北を招いた。これは間違いない。しかし、非優位政党として歩んできた政党の限界もある。今回相乗りする事にした理由も、衆議院の総選挙に力を集中するためである。これが現実だ。衆議院の候補者すら、質を考えれば足りないのである(自民党の候補者の質が皆高いとは言わないが)。

そして仮に民主党系の知事が誕生しても、議会はどうしても自民党系が圧倒的に強いところが多い。都市部は別だが、それ以外では、戦前から地盤を形成している自民党が、実際は唯一の政党のような感じだ。戦前、合わせてほとんどの議席を占めていたことがある2大政党、戦後の多くの政党が自民党にまとまった。政権交代が皆無の日本では、地元の利益のためにも、優位政党とのパイプが求められる。それは簡単には変わらない。

地方自治体の首長選は、自民党を中心に複数の政党が相乗りをしていて、選挙前から勝負が見えているケースが非常に多い。之では関心も広がらない。もはや政党側よりも住民が、選択肢を求めて立ち上がるしかないようにも思われる。野党がしっかりしないといけないのは当然だとしてもだ。

 

国民民主党→