維新と「良い」関係を

このなかで、維新と協力可能な点も出て来るはずだ(すでにコロナ禍で、法案を共同で提出した例がある)。それは維新との信頼関係の醸成にもつながる。

維新の会は、富裕層に対する増税自体には、積極的ではないようだ(所得にかかる税は、金融所得課税を含めてフラットタックス―金融所得が多い富裕層には負担増となるが、10%と30%の2段階であるから、30%が上限となる―、法人税は租税特別措置による優遇を廃止して簡略化した上で、減税。固定資産税は引き上げるが相続税は廃止)。ただし、お金が回って経済が活性化するよう、フローよりもストックの課税を重視する姿勢を採っている。動かさないでいる資産には課税しようとしているのだ。これに関して、一致点、妥協点は見出せそうだ。維新の会はすでに、新自由主義政党の色を薄めようとしてきている(少なくとも表面上は)。総選挙後の人事で、世代交代も進めている。

大阪で民主党系が弱った原因には、公務員の政治活動が制限されたことがあるが(註)、維新が人々の暮らしを底上げする政党であると、府政・市政で実感した人が多いのも理由だ。民主党系は明らかに、維新に支持者を奪われている。

※職務中の活動が許されないのは当然だが、それ以外については、公務員としての立場を利用したものでなければ許される、許されるべきだと筆者は考える。この点で、維新は抑圧的過ぎる面がある(公務員の労組が、民主党系の左派の応援団、合理的な行政への抵抗勢力であった、抵抗勢力になり得るという背景は分かるが、それでも)。

 

大阪の人々の実感には、教育の無償化・補助や、公園の民営化を含む開発、コロナ禍の前の外国人観光客の大幅な増加が挙げられる。そしてもちろん、これらによる活性化も。しかしコロナ禍については、スリム化による対応能力の低下、人気取りに前のめりになり過ぎる面も見られた。しかしそれを立憲民主党が批判したところで、国民の支持を得る事はできない。「批判しかできない」、「民主党政権が何もできなかった」と見られているからだ。

立憲の最大の敵は自民党であるはずだ。政策的には維新がそうであるとも言えるが、現状を改める必要があるという点で、そしておそらくその具体的な問題意識の一部についても、維新とは一致しているはずだ。何より、個々の政策がどうであっても、政権交代なき1党優位では話にならない。何も変わらない。

だから批判はしても、立憲は維新を敵視すべきではない。認めるところは認め、相違点を示し、自民党の護衛である(あった)点を、引き続き指摘すればよいと思う。

 

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